勝負の夏、受験生助ける「こっくりさん」がいたら…
立川吉笑
毎週水曜日に更新される談笑一門でのまくら投げ企画。師匠から出題された今回のお題は「暑い! 暑いよ!」ということで、早速今回もよろしくお願いします!
暑さを紛らすモノと言えば『怪談』だ。
怖い話を聞くとゾッとして鳥肌が立つ。鳥肌=寒い時に立つもの、という思い込みで涼しく感じるのか、冷や汗をかくことで体温が下がるのか、緊張して体が硬直することで血流が悪くなり体温が下がるのか、その理由はわからないけど、とにかく暑さ対策に怪談はもってこいだ。
そこで今回は、特に霊感と呼ばれるものがあるわけじゃない僕が体験した数少ない心霊体験について書いてみよう。
さて、いきなりだけど、大学時代アルバイトしていた塾に「こっくりさん」がやってきた。
正確には「こっくりさん」を使いこなす三好くん(高3)がやってきた。
「こっくりさん」というのをやったことはなかったけど、存在だけは知っていた。「あいうえお、かきくけこ……」と50音が書かれた紙の真ん中に鳥居の絵を書く。そこに小銭を置いて、その上に指を軽くのせる。
「こっくりさん、こっくりさん、出てきてください」
というような決まった呪文を言うと、勝手に小銭が動き始める。そのとき、何か聞きたいことを「こっくりさん」に尋ねると50音表の上を小銭が移動して質問に答えてくれる、という例のあれだ。
三好くんが斬新だったのは、その「こっくりさん」に試験問題を解かせようとしたことだ。
普通は
「○○ちゃんは僕のことを好きですか?」
とか
「僕の寿命を教えてください」
とか、そんなことを聞きたくなるはずなのに、三好くんは
「1399年に起きた、周防などの守護大名大内義弘が起こした反乱を何と言うか?」
などと、こっくりさんに試験問題を出題するのだ。
そしてこっくりさんもこっくりさんで、
「応永の乱」
とちゃんと正解を答えやがるのだ。
三好くんのテストは解答用紙の裏面に「こっくりさん」を降臨させるための表を作ることから始まる。僕が知っていた「あいうえお、かきくけこ……」と平仮名50音を書いた表などではなく、数学なら数学、国語なら国語とその教科の解答に特化した科目別降臨表のフォーマットを確立させていた三好くんの「こっくりさん」は非常に博識だった。
数学的帰納法を使いこなす「こっくりさん」。作者の気持ちをずばり言い表す「こっくりさん」。ローマ共和政に詳しい「こっくりさん」。
「こっくりさん」が流ちょうに英語を使い始めた瞬間はさすがに驚いた。ただ英語になると「Mr.KOKKURI,please answer this question. 」と三好くんまで英語で質問し出すのはいまだに腑(ふ)に落ちないことではあるが。
テストが始まって最初の10分ほどを費やして降臨表を完成させてしまえば、あとはひたすら「こっくりさん」に質問していくだけだから、三好くん(というかこっくりさん)は常に塾内でもトップクラスの成績を収めるようになった。
塾側としても「試験における『こっくりさん』の召喚はカンニングに該当するか」について散々議論したが、結局「こっくりさん」はカンニングにあらずという結論に達したため、三好くんはそれからも「こっくりさん」を降臨させ続けた。
数ヶ月後、気がつくと他の塾生も三好くんに教わり「こっくりさん」を使い始めるようになった。そして講師陣も科目について授業するよりも、効率的なこっくりさんの召喚方法を教えることが多くなっていった。何しろ「こっくりさん」は受験に向いている。
たくさんの「こっくりさん」を目の当たりにするうちに、それぞれの「こっくりさん」は決して一様ではなく、それぞれの個性があることに気付かされた。
一番偏差値が高く最難関国立大に現役合格した「三好くんのこっくりさん」。せっかちな性格で見直しを十分にしないためケアレスミスの多い「鮫島くんのこっくりさん」。模試では抜群の成績だったのに本番で力を発揮できなかった繊細な「貝塚くんのこっくりさん」。勉強は苦手だけどユーモアのある教室で人気者の「竹道くんのこっくりさん」……。
一人ひとりがそれぞれ違う個性を持っているように、「こっくりさん」もまたそれぞれの個性を持っていた。
無事、みんなの進路が決まったあとに行った最後の授業。
「こっくりさん」に頼らずにそれぞれの力だけで問題を解いてみようという話になって、急きょ試験をした。この1年間を思い出しながら僕は最後の採点を行っていた。
するとどうだろうか「こっくりさん」同様、ケアレスミスの多い鮫島。最後の試験だということで緊張したのか実力を発揮しきれなかった繊細な貝塚。点数は低いけど教室を明るくしてくれるムードメーカーの竹道。そして見事満点を獲得した優秀な三好……。
「こっくりさん」の力に頼らずとも、三好は三好、鮫島は鮫島、貝塚は貝塚、竹道は竹道。そこには他ならぬ自分自身であるみんながいた。
『お前たちは「こっくりさん」に頼らなくても、お前たちなんだよ。1年間お疲れさま』
そういって最後の授業を終えた。
先日、三好くんから久しぶりに連絡をもらった。
彼はいま大学の研究室でこっくりさんを使った人工知能の開発に励んでいるそうだ。
あれだけ優秀な彼なら必ず実用化できると思うし、もし無理だとしてもそれこそ彼には優秀な「こっくりさん」がついているのだから大丈夫だろう。
(次回7月27日は立川談笑師匠の予定です)
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