合羽橋のプロも知らない 奥深いカトラリーの世界

日経トレンディネット

赤坂迎賓館で使われている、五七桐の御紋が入ったカトラリー(写真提供:燕物産)
赤坂迎賓館で使われている、五七桐の御紋が入ったカトラリー(写真提供:燕物産)
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合羽橋の老舗料理道具店「飯田屋」の6代目、飯田結太氏が、日本で最初にカトラリーの製造を始めた、創業105年になる燕物産(新潟県燕市)の捧(ささげ)和雄社長に、カトラリーの歴史から選び方、日本生まれのユニークなカトラリーについて話を聞いた。

清少納言がカトラリーを使っていた?

こんにちは、飯田結太です。箸と同様に、日ごろから何気なく使っているフォークやナイフ、スプーンなどの金属洋食器=カトラリーですが、いざ、新調しようと思ったときに種類がたくさんありすぎて、どれをそろえればいいのか迷ったことはありませんか?フランス料理のフルコースを食べるときのようなフルセットをそろえたけれど、使いづらい。自分に合ったカトラリーはどうやって選べばいいのだろうと思ったことはありませんか? 実は、私もカトラリーについては知らないことだらけ。そこで、日本最初のカトラリー製造・販売会社、燕物産(新潟県燕市)の捧(ささげ)和雄社長にカトラリーについて教えていただきました。

飯田氏: カトラリーが日本で使われるようになったのはいつごろからでしょう。

創業105年。日本で最初にカトラリーの製造を手がけた燕物産(新潟県燕市)の捧(ささげ)和雄社長。1751年から続く金物店「捧吉右エ門商店」の10代目当主でもある(写真:菊池くらげ)

捧和雄社長(以降、捧社長): レストランなどで使われるようになったのは明治時代、文明開化で洋食が日本に入ってきたときからです。東京、銀座に店を構える、西洋の輸入食器やランプを扱う「十一屋商店」が輸入に頼るのではなく、金属洋食器を国内で生産したいと考え、当時の捧吉右エ門商店(燕物産の前身)にカトラリーの製造を発注したことが、日本でカトラリーを製造する始まりとなりました。明治44年のことです。

捧吉右エ門商店は、1751年から金物屋を営んでいて、もともと鎚起(ついき)という1枚の銅の板をたたきあげて器にする技術を持っていました。その技術を生かして、輸入物のカトラリーを見よう見まねで作り始めたのです。

写真手前:大正時代に作られたカトラリー「月桂樹シリーズ」と現在の「月桂樹シリーズ」。テレビドラマ「天皇の料理番」でも使われた(写真:菊池くらげ)

飯田氏: 一般の家庭でカトラリーが使われるようになったのも明治時代からですか?

合羽橋の老舗料理道具店「飯田屋」の6代目、飯田結太氏。「カトラリーの世界は奥が深い」と感心しきり(写真:菊池くらげ)

捧社長: 一般家庭に定着したのは、昭和初期ごろなのですが、実は平安時代に貴族の間ではすでに金属洋食器が使われていたという証しが見つかっているんです。

飯田氏: 本当ですか。

捧社長: 奈良の正倉院の御物に、スプーンが残っているんです。当時は、シルクロードを渡って中国から金属のスプーン、つまり匙(さじ)が入ってきているんですね。清少納言が『枕草子』に「金属の匙と食器がぶつかってカチカチと音がする。いとおかし」と書いていることからも当時使われていたことが分かります。それがなぜか金属のスプーンが食卓からこつ然と消え、約800年後の文明開化で洋食が入ってきたときにあらためて作るようになったんです。面白いですね。

40種類以上もあるカトラリーの選び方は

飯田氏: カトラリーはいろいろな材質があるようですが、一般的なものはどれでしょう?

捧社長: 昔から欧州で使われていたのは、純銀と洋白(ニッケルシルバー)でした。日本でも、純銀と同じような軟らかさのある洋白を使うようになったのです。洋白は、ニッケルと亜鉛、銅の合金で、その上から銀や金のメッキがされているもので現在も高級品に使われています。一般的なのはステンレスの「18-8」というもの。これはクロムが18%、ニッケルが8%を意味し、残り74%は鉄です。ニッケルを配合することで錆びにくくなり、磨くほどに美しい鏡面に仕上がるんです。

飯田氏: 家庭で使うなら「18-8」ですか?

捧社長: カトラリーの裏側を見ると必ず材質が刻印されています。18-8のほかに、18-10、18-0、13-0というものがあります。18-10のようにニッケルのパーセンテージが高いものほど高級品とされています。日常使いなら錆びにくく、光沢が美しい18-8や18-10がおすすめです。

カトラリーの裏側を見るとブランド名と材質が刻印されている(写真上のカトラリー)(写真:菊池くらげ)

飯田氏: テーブルナイフやフォーク、ディナーナイフやフォーク、デザートナイフやフォークと種類がたくさんありますが、どのような違いがありますか?

捧社長: カトラリーは料理ごとに使い分けるので、現在は40種類ほどあります。

飯田氏: そんなにあるんですか。私たちが持っていたほうがいいものはどれでしょう。

捧社長: そうですね。日本人が家庭で使うなら、デザートナイフ、デザートフォーク、デザートスプーン、ティースプーン、ケーキフォークの5つがあれば十分だと思います。

左から、ブランチシリーズのデザートフォーク(800円)、デザートナイフ(1800円)、デザートスプーン(800円)、ティースプーン(550円)、ケーキフォーク(650円)(写真提供:燕物産)

飯田氏: お客様から聞かれたことがあるのですが、なぜ、デザートという名前が付いているのですか?

捧社長: デザートナイフやフォーク、スプーンは、その名前の通り、本来はデザート用として使うものなんです。日本で洋食が食べられるようになって、欧米人よりも体格が小さい日本人にとってはデザート用のものが使いやすいサイズだったんですね。それで日本では食事のときもデザート用が使われるようになったんです。

フランス料理用、月桂樹シリーズのテーブルフォーク(2450円)、長さは209mm(写真提供:燕物産)
月桂樹シリーズのデザートフォーク(2080円)、長さは185mm(写真提供:燕物産)

飯田氏: ということは、欧米では食事用には使わないんですね。

捧社長: そうですね。国によってまた食事の内容によって使うカトラリーは違います。フランス料理で使われるのが、テーブルナイフやフォーク、スプーン。これは一番大きいサイズですね。ドイツ料理などで使われるのが、次に大きいサイズのディナーナイフやフォーク、スプーン。北欧などではもう少しサイズが小さくなり、米国ではティーカップが大きいのでティースプーンのサイズが大きくなるなど、国によって、また手の大きさによって変わってきたんです。

ひと目で品質が分かるポイントは

飯田氏: フォークは刃の本数が2本、3本、4本とあります。これも用途が違うんですか。

捧社長: 明確には分からないのですが、肉や魚などメイン料理に使うのは4本。パスタやケーキなどには3本、オードブル用として2本のフォークなどがあります。もともとフォークの始まりは2本だと思います。欧州は狩猟民族がメインですが、最初は狩猟で使うナイフを食卓に持ち込んで料理を切り分け、手づかみで食べていたのが、後に肉を刺すためのフォークが登場し、今のスタイルになったという説があります。

飯田氏: 歴史があるんですね。

月桂樹シリーズのテーブルナイフ(4480円)。背の峰の部分にしのぎがつけられている(写真提供:燕物産)

捧社長: フランスのクリストフルなどの高級ブランドや、正式な晩さん会などで使うナイフ、また、月桂樹シリーズには「しのぎ」があるんですよ。しのぎとは、欧州の剣や日本刀などの刃と峰(背の部分)の間で稜線を高くした部分のこと。しのぎがあることで、一度突き刺すとこの部分から空気が入って剣が抜けやすくなったんです。

激しく争う様子を「しのぎを削る」と言いますよね。この言葉はもともとしのぎが削れるほど激しくつばぜり合いをする様子をいいます。狩猟などに使っていたナイフを食卓に持ち込んだことから、現在も高級なカトラリーにはこの名残があるんですね。しのぎの部分は今も手作業で1本ずつ削っています。

飯田氏: スプーンはどうやって選ぶのがいいでしょうか。

捧社長: スプーンの料理をすくう部分を私たちは「つぼ」と呼びます。テーブルスプーンやティースプーンは計量スプーンの代わりに使われていたので、つぼの形、深さが決まっているんです。現在は専用の計量スプーンがありデザインもいろいろ出てきているので、まずは好みのデザインを選びましょう。それから機能性。手に持って食事をするときの構えをとってみる。そうすると、バランスの良さ、手の入り具合、手にしっくりとなじむかどうかが分かります。

飯田氏: 手に持って構えてみるのが大切なんですね。

捧社長: そうです。さらに、プロは、スプーンのつぼの厚みを見ます。唇に当たったときに違和感があるのは厚みなんですね。ドイツやフランスでは基本の厚みは1.5mmとされています。でも一般の人が厚みを測るのはムリですよね。だからこそ必ず持って触ってみることが大切ですね。

マクロメータでスプーンのつぼの厚みを測ると約1.5mm。約4mmのステンレスの板をプレスで押してつぼを作り、研磨をして最終的に1.5mmの厚みに仕上げる(写真:菊池くらげ)

飯田氏: プロの方はカトラリーのどんな部分を見て品質を見極めるのですか。

捧社長: 品質の良さが一番分かるのは、ナイフですね。刃先を触ると切れ味が分かります。のこぎり刃になっているものも最近は多いのですが、これは米国などに輸出したときに、安易に切れるようにのこぎり刃を付けたことがそのまま残ってしまったんです。欧米ではきちんと仕上げ刃を付けて鋭い切れ味のものほど高級とされ、また刃先が鋭角でないとバイヤーの検査を通過しなかったのです。

また、ドイツやフランスでは、ナイフの背を必ず見ます。峰の部分の角がきれいにとがっているものほど上質。カトラリーは仕上げの段階で必ず磨くので、鋭角なモノも磨くほど丸くなっていくんです。それが、クリストフルなどのブランドのものだと、美しく磨かれているのに角がキリッと立っているんです。ここが技術と歴史の差かもしれません。

飯田氏: そんな細かい検査があるんですね。フォークの見極め方はありますか。

捧社長: フォークは刺さり具合です。フォークの刃を上から見たときに4本、または3本すべての刃の形が同じ四角になっていること。さらに、刃の間の研磨を「刃すり」といいますが、その程度を見ます。刃の間がどれだけきれいに磨かれているか、平らになっているかで、メーカーの技術力と品質の厳しさが分かるんです。これは価格に比例します。もちろん口当たりも良くなるし、洗うときも汚れが付きにくいという特徴があります。燕物産では、1本1万円のものから100円のものまで製造していますが、刃すりの仕上げが価格に響いてくるんです。これはすべて職人の手作業だからです。

飯田氏: 面白いですね。カトラリーも顔をきちんとみるんですね。店でカトラリーを扱っていても、フォークの刃の間まで見たことはないですね。勉強になります。

フォークの刃の間が平らできれいに磨かれているものは品質が良い(写真:菊池くらげ)

捧社長: フランスの高級レストランでは、カトラリーはすべて裏返してテーブルに並べられているんです。カトラリーの裏側には材質の表記と、ブランドの刻印がありますよね。例えば、高級ブランドのクリストフルを使っていることを示すことで、カトラリーにも気を配っているということを示しているんですね。それでレストランのランクが分かるんです。

飯田氏: お客さんが使うカトラリーをどう考えているのかが分かるんですね。これからレストランに行ったときに、カトラリーに目がいってしまいそうです(笑)。

イチゴ用、カツカレー用… 日本で誕生した専用カトラリー

飯田氏: 海外からプロの料理人も店によく来るのですが、「ストロベリースプーンはありますか?」と名指しで買いに来る人が多くいます。今海外で人気があるようなんですね。海外にはイチゴスプーンはないのでしょうか。

ステイタスシリーズのイチゴスプーン(710円)(写真提供:燕物産)

捧社長: イチゴスプーンは日本で独自に作ったものなんです。ほかにも、和菓子用のヒメフォーク、ミツマメスプーン、ソーダスプーン、メロンスプーン、カツカレースプーン、グレープフルーツスプーンなどが日本発祥のカトラリーです。グレープフルーツスプーンは、ドイツに持っていったときに、「これは何だ」と聞かれて、そのときにこれも日本発祥なんだと知りました。ドイツのメーカーから作ってくれといわれ、現在はドイツで販売されています。

ニューポートシリーズのカツカレースプーン(470円)(写真提供:燕物産)
ステイタスシリーズのグレープフルーツスプーン(840円)(写真提供:燕物産)

飯田氏: 日本は便利グッズをいろいろ開発していますよね。メロンスプーンは介護用としても注目されているんですよ。こういう発想は御社でアイデアを出して開発されるのですか?

捧社長: いいえ、レストランやカフェなどからのリクエストで作られます。メニューが増えるごとに新しいものが必要になるんですね。いい例としては、フィッシュソーススプーンがあります。もともと魚料理にはフィッシュナイフとフィッシュフォークだけでした。時代とともにメニューが変化して魚料理にソースを使うようになり、ソースをすくうために平たいスプーンが必要になったんです。現在はフィッシュソーススプーンまでが魚料理の定番セットになっています。

ニューポートシリーズのフィッシュソーススプーン(500円)(写真提供:燕物産)

飯田氏: 日本人は細かいニーズに対するアクションが早いし、開発する力もあるんですね。

捧社長: カツカレースプーンは、私は当たり前のものだと思っていたのですが、飯田さんと以前お話をしたときにそうではないんだと知りました。それだけ昔から国内で浸透しているんですね。

飯田氏: ここまでいったらエンターテインメントですね。これでカツカレーを食べるからおいしいと感じている人も多いと思うんです。

捧社長: 実は、スパゲティフォークも日本で開発されたものなんです。

飯田氏: そうなんですか。私はスパゲティを巻くのが苦手なので、スパゲティフォークは愛用しています。

捧社長: 以前は、刃の片側だけ波形になっていてパスタを巻くときに引っかかるようになっているものがありましたが、最近はさらに進化して、3本の刃の真ん中だけ長くなっていて、両側が少し広がっているものがあります。真ん中の刃をパスタの上に置くと、そこを支点にして巻けるんですね。そこまで追求するかとも思いますが(笑)

ニューポートシリーズのスパゲティフォーク(580円)(写真提供:燕物産)

カトラリーにも流行がある

飯田氏: 赤坂迎賓館で使われているものは御社が製造したものだそうですが、どういういきさつで手がけることになったのですか?

捧社長: 1974年から赤坂迎賓館で使用するカトラリーを製造、納品しています。国内で最初にカトラリーの製造を始めたこともあり、総理府からご用命いただきました。五七桐の御紋が入って細かいデザインが施されたどっしりとしたデザインの洋白のカトラリーです。ナイフのハンドル部分は最中柄(もなかえ)といって、最中の皮のように合わせています。中は空洞になっていて「あんこ」とよばれるおもりが入っています。その後40年以上にわたり、迎賓館で使われています。

昭和49年から赤坂迎賓館で使われている五七桐御紋のカトラリー(写真提供:燕物産)

飯田氏: カトラリーには流行はあるんですか?

捧社長: 時代とともにデザインも変化しています。今は、細め、長め、丸みのある、コンテンポラリー系で、模様がないシンプルな無地のカトラリーが人気です。レストランでは、指紋がつきやすい鏡面タイプよりもつや消しタイプのほうが好まれていますね。燕物産の製品でいうと、ジィーン、ブランチ、ヴォワージュというシリーズが人気です。

飯田氏: 今はシンプル系が主流なんですね。

フォークにドイツスタイルを取り入れたジィーンシリーズのデザートフォーク(560円)(写真提供:燕物産)
デザートナイフ(1320円)(写真提供:燕物産)
デザートスプーン(560円)(写真提供:燕物産)

捧社長: カトラリーは料理の変化とともにデザインも変わってきているのですが、国の食文化も反映されているんですよ。例えば、ジャガイモが主食のドイツでは、フォークの刃は短めで、スプーンのようになっています。マッシュポテトなどもすくいやすいようになっているんですね。

飯田氏: なるほど。フォークも裏返して食材をのせて食べる人と、表のままにスプーンのように食材をのせて食べる人がいますよね。フランス式と英国式などといわれることもありますが。自分の好みの食べ方に合わせて、フランススタイルの刃が長いフォークにするか、ドイツスタイルのスプーンのようなフォークにするか選ぶこともできるんですね。カトラリーの世界は奥深いんですね。ありがとうございました。

(ライター 広瀬敬代)

[日経トレンディネット 2016年6月30日付の記事を再構成]

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