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カリスマの直言

長期運用の公的年金だからこそできること(渋沢健) コモンズ投信会長

2016/7/18

「公的年金は長期の運用機関だ。短期的な利益は求めるべきではないし、長期運用にふさわしい手法があるはずだ」

 年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)の2015年度の積立金の運用成績が5兆円を超える損失になると一部で報道された。非公開で行われた運用委員会でGPIFが厚生労働省に報告したという。GPIFが正式公表するのは7月29日になるが、事実だとすれば5兆円は確かに巨額な損失だ。「5兆円損失」という数字は交流サイト(SNS)で話題を呼び、ネット上で独り歩きしている。

 しかしながら、記事の本文でも書いてあるようにGPIFの運用資産総額はおよそ140兆円である。割り算すれば、約3.6%の損失だ。損失は損失であるが、目くじらを立てるような数字であろうか。運用の成果は分母(運用資産)ありきで判断する。

 また、そもそも単年度の(ましてや四半期ごとの)運用成績は国民がGPIFに託している年金運用の本質を評価していない。各時点での資産価値の変化をとらえたもので、GPIFの運用損益が確定したわけではない。評価損益も今後、大きく変動しうる。しかもGPIFのウェブサイトでは資産管理・運用の「基本的な考え方」について、『年金積立金運用に対しては、法律上、「長期的な観点からの安全かつ効率的な運用」』と明記してある。「安全」とは「なるべくリスクを控える」、「効率的」とは「なるべくコストを控える」という意味であろう。

 日本の公的年金制度は賦課方式で成り立っている。現役の年金保険料が、その時点での年金生活者へ給付される。徴収された年金保険料で年金給付に充てられなかった部分が積立金としてGPIFに運用を託されている。

 04年の年金制度改正により、公的年金制度の財政運営方式の見直しが行われた。同じく資産管理・運用の「基本的な考え方」によると、「おおむね100年の間(財政均衡期間)で給付と負担の均衡が図られる」との考えが明示されている。今後の超少子高齢化社会においても、将来の受給者の「年金がなくなる」ことはない。積立金を徐々に取り崩して年金支給できる財源が用意されているからだ。つまりおよそ100年の財政均衡期間を前提とした超長期の積立金なのである。

 また、GPIFのウェブサイトに掲載されている「投資原則・行動規範等」によると、「長期的な観点から」の運用期間は少なくとも25年間かそれ以上であると解釈できる内容が記載されている。積立金はおおむね25年間で継続的な取り崩しが始まるが、その後も「長い期間の投資が可能である」と示しているからだ。

 しかし、そんな長い時間軸の投資は「安心」できるのか。実際のところ、短い期間では収益率の振れが激しくても、長期期間であれば振れ幅が少なくなるという性質がある。ごく単純な例では移動平均を用いればこの性質を可視化できる。

 たとえば、15年単年度の運用成績が3.6%の損失であっても3年間の移動平均では6.9%の運用益になる。14年度が12.3%、13年度が8.6%という高い運用益だったからだ。過去12年遡ると、リーマン・ショックの影響があった09年(マイナス0.1%)と10年(マイナス1.1%)を除くと、全て運用益になっており、4%~8%台が6回もある。長期的な観点からかなり安全な運用成果に見えると思うが、いかがだろう。

 GPIFが無意味な短期的評価から解かれれば、世界最大級の運用機関として彼らの本来の存在意義を発揮できるのではないかと期待している。たとえば、受託者責任(フィデューシャリー・デューティー)を狭義で考えれば、年金受給者の目先の利益最大化をめざしがちだ。投資先がブラック企業であろうが、環境汚染を垂れ流していようが、利益という結果が全てになってしまう。

足利銀行本店で飾っていただいている渋沢栄一の明治45年の書と藤澤智取締役会長、小野訓啓足利ホールディングス取締役(写真左端)。やはり、銀行の要は「信」である

 むろん利益を追い求めることは大事である。成長もしかりだ。しかしながら短期的な果実をむさぼることに加担することが、本当の「プロ」の仕事なのであろうか。

 真の受託者責任とは、もっと広義なものと捉えて思考を柔軟にしながらより良い世の中になるように最善を尽くすことだ。安易な答えを求める作業ではなく、常に問い続けて新たな価値を創造することが本当のプロの姿だろう。欧米の価値観を単純に切り貼りするだけではなく、日本人が大切にしている本来の価値観を反映するような受託者責任もあるはずだ。

 企業とはゴーイングコンサーン(継続企業の前提)に基づき、持続的に価値創造する存在である。また、日本は世界一の長寿企業の数を誇る。社会との共存共栄が、その持続的な価値創造を可能にしているという意識は、永い年月をかけて日本人の身に染みているはずである。株主価値と社会的価値の対立という世界の流れに対して日本が代替案(オルタナティブ)を示すことを期待したい。

 昨年9月にGPIFは国連責任投資原則(PRI)に署名した。PRIでは投資の意思決定の過程に環境・社会・ガバナンス(企業統治)を意味する「ESG」の課題に取り組むことや、投資対象の企業にESGについての適切な開示を求めるなど6原則が掲げられている。GPIFは利益のみという狭義の受託者責任だけではなく、社会を含む広義的な受託者責任を捉えている姿勢が見える。GPIFが超長期の投資家である特長を生かして、ESG投資に積極的に取り組むという世界へのコミットメントだ。

弊社が都内で開催した「よりよい明日のためのお金の使い方」というセミナー。株式市場の動向に関わらず、一般個人の「年金サプリ」(定期定額の積み立て投資)への関心は高い

 GPIFは企業の株式に直接投資することは認められていない。しかし、彼らの巨額の資金を託している運用会社には「もの申せる」。長期的な観点だからこそ、ESGへの取り組みも要請できる。「クジラ」が動くことで、日本の長期投資の流れを「今日よりも、よい明日」へ世の中を導くことができる。

 GPIFが応えなければならない受益者とは現在の年金受給者ではない。あくまでも未来の年金受給者だ。その未来の年金受給者がマイナス金利になっている国債を単純に買い続けてほしいと思っているわけがない。将来の年金受給者が期待するのは、運用による利益の確保だけでなく、持続的な社会を残すための取り組みもあるだろう。

渋沢健(しぶさわ・けん) コモンズ投信会長。1961年生まれ。83年米テキサス大工学部卒。87年カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)MBA経営大学院卒。JPモルガン、ゴールドマン・サックス証券、大手米系ヘッジファンドを経て、2001年に独立し、07年コモンズ株式会社(現コモンズ投信)を創業、08年会長就任。主な著書に『渋沢栄一 愛と勇気と資本主義』 (日経ビジネス人文庫、2014年)『運用のプロが教える草食系投資』(日本経済新聞出版社、2010年)『渋沢栄一 100の訓言』(日経ビジネス人文庫、2010年)『日本再起動』(東洋経済新報社、2011年)『渋沢栄一 100の金言』(日経ビジネス人文庫、2016年)など。

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