皆さんは「既存店売上高」という言葉をご存じでしょうか。小売業に携わる方には一般的であっても、そうでない人にとっては馴染みのない言葉かもしれません。
小売業や外食業などの会社の業績を見るとき、この「既存店売上高」という指標はとても大事です。既存店というのは新たに出店したお店を除いた、その会社の本来の実力を反映する数字です。
新たなお店も含む会社全体の数字は「全店売上高」といいます。新規出店をたくさんしている会社ほど、全店売上高の数字は上振れます。しかしお店を出し過ぎると、自分たちのお店同士が競合してしまい効率が下がることもあります。これを自社店間競合、いわゆるカニバリズム(共食い)といいます。よってカニバリズムをしていないかどうかを判断するためにも新店を除いた既存店売上高の数字が重要になります。
既存店売上高の数字は「実額」より、「前年同月比」の増減が重視されます。というのも、それぞれの「月」には季節性があり、その季節の気温によって多くの商品は売り上げに変動があるのです。わかりやすくいえば、アイスクリームのような冷たいお菓子は夏に売れて冬には売れません。逆にコートなどの重衣料は冬に売れます。よって季節による売り上げの変動を調整するために前年の同じ月との伸び率を見るわけです。これで月ごとの季節要因のブレをなくすことができます。
前年同月比の既存店売上高の推移は、小売業や外食業などの株価には密接な関係があります。この伸び率が高いと株価が上昇し、逆だと株価が下落する傾向があります。それは当然で、増収率が高いということはそのお店が多くの人に支持されているということですし、一方で増収率が低いということは支持を失っているということを表しているからです。
ここに例として、A企業の前年同月比の既存店売上高の推移を示したイメージ図があります。
上半分は既存店売上高が前年同月比でプラスに推移しているゾーン、下半分がマイナスに推移しているゾーンです。このA、B、C、D、Eのうち、一般的にいつが株の売り時でいつが買い時になるでしょうか。
ずばり、Dが買い時、Bが売り時です。
それぞれの時期について解説をします。
Aは既存店売上高が前年同月比でマイナスからゼロになりプラスに変化するときです。会社的には非常に活気が出てくるときです。
Bは既存店売上高の伸び率が頂点を迎えたときです。一般的にこのときが株式の売り時となります。多くの場合、この時点が株価のピークになることが多いからです。株式投資では「変化率」を重視します。Bの後も既存店売上高の伸び率はプラスのままなのですが、次第に伸び率は落ちてきます。このときこそが株価が下がるときなのです。この時期は会社に勢いがあるので、なんとなく売るのに忍びない雰囲気でもあります。そんなときにスパッと株式を売却するのは実際には難しいものですが、冷静に判断していただきたいと思います。
Cは既存店売上高が前年同月比でプラスからマイナスに転じるところです。このときには会社の雰囲気もなんとなく悪くなり、勢いがなくなっています。株価もこのときにはピークBから、ある程度下がっている場合が多いです。
Dは既存店売上高の伸び率がマイナスのピークをつけるときです。このときは業績も最悪ですし、社員の士気も落ちています。株式投資をはじめるには最悪のタイミングのように思えます。しかし、このときこそが株価を買うよいタイミングであることも多いのです。ダメな状態ではあるけれど、ダメのレベルが改善している瞬間こそが、実は株式投資的にはおいしいところでもあるのです。
EはAと同じで、既存店売上高の伸び率がマイナス圏からプラス圏へと浮上する瞬間になります。
ただし、BもDも事後的にしかそこがピークなのかボトムなのかわかりません。それは当然で、これから上昇するのか下降するのかは継続的な「トレンド」が見えてこないとわからないからです。
現状はどうでしょう。多くの小売業や外食業において、前年同月比の既存店売上高のトレンドが、昨年の夏場から少しずつ悪化しています。
昨夏はBの状態であった会社が多かったようです。しかしながら、その後は前年同月比プラスではあっても、伸び率は落ちているケースが目立ってきました。経験豊富な経営者は景気後退もしくはデフレ経済の足音を再び感じたのではないでしょうか。優秀な経営者の一部は「デフレ経済が戻ってくるのではないか」という予想をして、絶対的に価格の安いお値打ちの商品を前面に立てる商品戦略に変換して、今も好調な数字を維持しています。
小売業や外食業の中には既存店売上高を開示している会社がたくさんあります。この数値の推移をチェックしながら、全体的な経済の流れや個別企業のビジネスを研究してみましょう。投資でお金もうけをする以上に、経済や企業に対する新たな発見がありますよ。