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スマートフォンが1台あれば時と場所を選ばずに仕事がこなせるネット社会。便利になった半面、仕事のメールやメッセージが私生活に際限なく割り込んでくる。いったいどこまで付き合わなければいけないのか。欧州では勤務時間外のメールを制限する「つながらない権利」が話題になっている。

「残業免除のはずなのに寝る直前までメールをやり取りしていることがある」とワーキングマザーのA子さん(41)は苦笑する。3年前に出産。職場復帰に際して残業免除を申請した。午後5時に退社。子どもに夕ご飯を食べさせ風呂に入れ、寝かしつけたら、会社支給のパソコンを立ち上げてメールをチェック。「仕事」の再開だ。

「帰宅後に読まなくてはいけない決まりはない。でも、重要な用件が届いているかも、と気になり確認がやめられない」。複雑な案件だと文面をまとめるのに手間取ったり、返信メールにすぐ再問い合わせがあったりして1~2時間費やす夜もある。「翌日で構わなくともその日のうちに返信しないと落ち着かない」

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ICT(情報通信技術)の進歩・普及は働き方を大きく変えた。オンとオフの境界線が曖昧になり、ときには相手の状況もよく考えず思い立ったときにメールや無料対話アプリで連絡してしまう。独立行政法人労働政策研究・研修機構が2013年に実施した「裁量労働制等の労働時間制度に関する調査」によれば、始業・就業時間が決まっている通常の雇用者でも勤務時間外の連絡が「よくある」「ときどきある」とする回答が3割を超える。就業時間を自分で決められる裁量労働制ではその比率は4~5割に上る。

緊急事態もときにはある。だが勤務時間外は本来プライベートタイム。労働問題に詳しい前嶋義大弁護士は「たとえ会社支給のスマートフォンであっても、就業規則などのルールや個別の業務命令で勤務時間外での対応を求められていなければ、時間外に対応しなくても構わない。もし勤務時間外での対応を求められ、実際に対応に時間を費やしたならその分の残業代も発生する。ただルール付けしている企業は少数派だ」と説明する。同僚や顧客に迷惑は掛けられない――。働く側の良心につけ込み、時間外対応はとめどなく広がる。

過剰労働につながるとして手を打つ企業も出始めた。ジョンソン・エンド・ジョンソンはグループ4社で午後10時以降と休日の社内メールのやり取りを15年7月に原則禁じた。管理職や役員も例外ではない。「勤務時間外にまで業務メールに追いかけられては気が休まらない。せめて夜間と休日は仕事を忘れてリフレッシュしてほしい。その方が勤務時間中の業務効率も上がる」(人事部)

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三菱ふそうトラック・バス(川崎市)は長期休暇中に電子メールを受信拒否・自動削除できるシステムを14年12月に導入した。対象は社内からのメール。「頂いたメールは削除されます」。送信者にはこんなメッセージを自動返信する。

システムは親会社であるドイツ・ダイムラー社が同年8月に先行導入していた。「ドイツ人も日本人も、受信メールが読める環境だと休暇中や勤務時間外であろうともそれに答えなければいけないと考えてしまう。業務上本当に重要な社内メールは20%程度。受信拒否・削除しても上司や同僚で十分にカバーできる」と人事総務本部長のウォルフガング・グラーザーさんは指摘する。

デジタル機器の電源をオフにしておければ、勤務時間外のメールに煩わされずにすむ。フランスではそんな「つながらない権利」を働く側に認める労働法改正案が今春、国会に提出された。企業ごとに労使で話し合い、ルールづくりを求める声も高まっている。

勤務時間外の連絡手段が自宅などの固定電話に限られていた時代と比べ、オフタイムでも仕事上の連絡を取るハードルは明らかに低くなっている。緊急時を除き、深夜や早朝、休日に連絡するのは非常識だとする感覚が薄れている。

大手企業が相次ぎ在宅勤務を導入するなど、ICTは働く場にますます入り込んでいく。前嶋弁護士は「技術の進歩・普及に労働の現場や法制度が追いついていない。ICTの利用・活用を前提とした企業内のルールづくりはもちろん、日本においても一定の法整備が必要になるだろう」と強調する。

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会社と連絡遮断、業務棚卸し効果

ソフトウエアの開発・販売などを手掛けるロックオンは全社員に毎年9日間連続の「山ごもり休暇」を義務付けている。休むだけでなく「山ごもり」のごとく休暇中は会社との連絡を一切禁止する。狙いは2つ。仕事から完全に離れて心身のリフレッシュを図ることと組織運営の効率化だ。

9日間連絡を絶つには入念な引き継ぎが不可欠。担当業務を漏れなく洗い出し、今どんな状況にあって、どのような問題が起こり得てどう対応すべきか。休暇前に全社員が担当業務を棚卸しする。

ベンチャーの同社は事業が拡大するうちに業務が属人的になり、一人ひとりの仕事が見えにくくなっていた。年に1度全社員が業務を見直すことで無駄な仕事を省け、会社全体の事業が見えてくる。

業務内容やいざというときの対処法などは業務引き継ぎ書として保管・公開する。誰かが育児休業を取ったり急に社員が転職してしまったりしても、業務がマニュアル化してあるので同僚らがすぐにフォローできる。「事業継続のリスク管理にも役立っている」と広報担当は説明する。

(編集委員 石塚由紀夫)

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