東京五輪・パラリンピック大会組織委員会は今秋から、小中学生らがオリンピックやパラリンピック競技を通じて競技の心構えや社会の多様性を学ぶ「オリパラ教育」を始める。このプログラムは学校だけではなく、スポンサー企業にも参加を呼びかけているのが特徴。教育プログラムの本格導入を控え、企業側も従来の社会見学とは一味違う教育メニューを用意しようと知恵を絞り始めた。
三井不動産は4月に都内で「スポーツアカデミー for Tokyo 2020」を開始。初回は元体操選手の田中理恵さん、車いすラグビーの島川慎一選手(41)らが講師を務め、地元の中央区立常盤小学校の児童約50人が車いすラグビーのタックルなどを体験した。普段見慣れない競技の迫力を前に、「はじめはぶつかるのが怖かったけど、だんだん楽しくなってきた」と好評だった。
学校側も企業の協力を歓迎する。東京都教育庁はオリパラ教育の柱として、障害者スポーツを体験して障害者への理解を深めたり、競技選手から実技指導を受けたりするプロジェクトなどを推進する方針。各企業の取り組みはこうした都の方針を一部先取りした格好になっているためだ。三井不動産は教育的な効果と同時に地域でのイベントに子供たちが積極的に参加することで「子供を中心にして街のコミュニティーが豊かになる」(小野沢康夫取締役)という効果にも期待している。
パナソニックは大会運営を裏方で支えるスタッフや技術について学べる教材などを開発し、昨年度から全国の中学、高校に提供を始めた。今年6月時点で71件の採用実績がある。教材の提供だけでなく、都内の区立中学で「出前授業」も実施している。
同社は過去の大会でも映像機材を提供し、人材を投入してきた。「スタッフが現場でどんな働き方をしているのかを映像で記録しており、これを教材としても活用する」(CSR・社会文化部)。生徒は映像機材を利用した授業で大会運営に必要なチームワークなどを学べるという。
日本コカ・コーラは運動が苦手な中学生でも気軽に参加できるスポーツの独自プログラムを実施。大日本印刷は筑波大学の真田久教授らと共同で、小学生向けの「おもてなし」教材を開発した。アニメなどを使い、あいさつの仕方や立ち居振る舞いを学べるようにしたのが特徴だ。都内の小学校で実施した実証研究の公開授業の成果などを踏まえ、今後、オリンピック精神について学べる教材なども開発していく方針だ。
組織委は7月中にオリパラ教育の推進計画を決定する。計画案によると、愛称は「ようい、ドン!」。10月に都内の学校からスタートさせる。国語の授業でオリパラを題材にした短歌をつくったり、音楽の授業では参加国の国歌を鑑賞したりする。オリパラ教育を体系的に推進する学校を実施校として組織委が認証する。大会まで4年かけて段階的に全国展開する。
組織委は学校だけでなく、スポンサー企業や非営利団体も教育プログラムの実施主体になることを想定しながら計画を練る。現在、企業にも正規の授業に参加してもらうオリパラ教育の認証制度の細部を詰めており、8月にも公表する。
オリパラ教育になぜ企業の役割が期待されるのか。学校側に新しい教育プログラムを受け入れる余裕がないことが理由の一つだ。ゆとり教育から脱却した公立の小中高では「通常の授業に加え、新しい教材を使った授業をする現場の教員が抱く負担感は大きい」(東京都教育庁)という。大学からは「新しい教育プログラムの開発や実施を求められても、資金はどうするのか」(都内の国立大学首脳)といった戸惑いの声も漏れる。
組織委員会が6月に有識者を集めた会合「教育ディスカッショングループ」でオリパラ教育の推進方針について意見を聴取したところ、企業側から「認証という仕組みは堅苦しい。もっとフリーにすれば、自由な発想の提案ができる」との意見も出た。
組織委員会の中村英正企画財務局長は「認証という言葉は『上から目線』との指摘を受けている」としたうえで、「言葉の問題だけでなく、多くの人が教育に参画してもらえるように対処したい」と説明している。
オリパラ教育に企業が協力するといっても、現状ではスポンサー企業しか参加できない。企業が前に出過ぎれば、「商業主義が教育現場に入り込む」といった批判も予想される。企業と教育現場が連携した開催機運をどのように盛り上げるか。なお課題が山積している。