「長男が母の財産を独り占め」 委任契約の弱点弁護士 遠藤英嗣

かつて私が公証人をしていたころ、こんなケースがありました。母親が同居している長男を受任者にして、財産管理委任契約及び任意後見契約を締結したところ、受任者の姉が私のところに苦情を言ってきたのです。

「長男が母の財産を独り占めして母の預金のことを教えてくれない。きっと使い込みをしているはず。どうしてそのような契約書を作成したんですか?」と。

任意後見契約と財産管理委任契約の2つの契約をセットで結ぶ後見契約は、「移行型の任意後見契約」と呼ばれています。財産管理委任契約は契約締結と同時に始まり、本人の判断能力が失われた時に監督人が選任されて、任意後見契約に移行します。

姉が苦情を言ってきたのは財産管理委任契約によって財産管理が行われていた時期で、任意後見契約に移行する前でした。苦情内容の真偽や詳細はわかりませんでしたが、類似のケースはしばしば起きているようです。

成年後見制度は見直しへ

今日、成年後見人等による本人の財産の使い込み、横領等が大きな社会問題となっています。

成年後見人等による不正事件は2011年以降の5年間で2949件(総額212億円)発生していて、このうち専門職後見人による不正は97件(総額12億円)となっています。

このような不正の増加に加え、成年後見制度の利用者が一時減少したことなどを受け、今年4月「成年後見制度の利用の促進に関する法律」(成年後見制度利用促進法)が成立。制度を見直すことになっています。

成年後見制度には法定後見と任意後見がありますが、制度見直しの軸は主に法定後見にあると思います。任意後見制度は本人が信頼できる後見人をあらかじめ選ぶことができる制度です。任意後見人の不正防止対策として、裁判所が任意後見監督人を選任し、監督人が後見人をチェックします()。

では、一方の財産管理委任契約の受任者の不正防止対策はあるのでしょうか。

監督機能が不十分

財産管理委任契約は仕組みの上では委任者本人(冒頭のケースでは母親)が監督人を兼ねています。現実として委託者が高齢の場合、多くのケースで監督が不十分になっているでしょう。多くの実務家や学者は「移行型の任意後見契約の大きな問題点だ」と指摘しています。

しかし、委任者本人が不正に気づかなくても、冒頭の姉のように、ほかの相続人候補が相続財産を減らすような行為が行われていないか、常ににらみを利かせているというケースも多いでしょう。

問題は、このような事実上の監督人といえる人がいない場合です。実質的な監督人がいない財産管理委任契約のあり方については、私は考えるべき時期にきていると思います。

財産管理委任契約は公正証書にする必要がないため、私署証書が作られて運用されている例が見受けられます。しかし、財産管理委任契約は本人の財産管理だけではなく、財産の運用、処分、さらには本人の身上監護に関する手配などの事務も含まれる包括的で重要な契約です。

本来は確かな書面によって、代理権の範囲を明確にしておくべきであり、任意後見契約と同様、公正証書の形式をとることが、本人の権利を守る上で必要だと私は考えます。

さらに財産管理委任契約をするにあっては、委任者が高齢の場合、受任者を監視・監督する監督人の選任が必須だと思います。実際の相談事例をみると、本人が受任者を監督できないことが明らかなケースが多々あるからです。

受任者の行為を監視・監督するという面について、家族信託であればその仕組みが機能します。家族信託の場合、信託当事者が合意したり、裁判所へ申し立てたりすることにより、「信託監督人」を選任することができます。さらに、信託の設定に際して「受益者代理人」を置くことができます。この受益者代理人は受益者を代理するだけでなく、受託者を監視・監督する立場にあります。

私が信託契約書を作成する場合、可能な限りこの受益者代理人を選任することを定め、受託者の正しい事務処理が確保されるにしています。

家族信託と任意後見契約を併用

家族信託契約は移行型の委任後見契約と併用することもできます。それによって受託者や受任者の独断専行を防止することも可能になると考えられます。

今日、家族信託は高齢者の財産管理のために広く利用されるようになってきています。この制度を選択することで、監督機能を担う信託監督人や受益者代理人(例えば、冒頭の事例であれば受託者の兄弟など)を選任して、受託者の事務管理を正しい方向に向かわせることができるのです。

今後は本人の財産、権利を守る意味でも、任意後見契約との併用という形で、家族信託の活用をまず検討することが求められるでしょう。硬直化した成年後見制度の中で唯一、本人の意思を尊重できるのが任意後見契約であり、遺言を補完する役割を果たすのが信託契約であるということをしっかり頭において、これからの安心設計を立てるべきです。

遠藤英嗣(えんどう・えいし) 1971年法務省検事に就任。高松地方検察庁検事正などを歴任し、2004年に退官。05年公証人となり、15年に退官。公証人として作成した遺言公正証書は二千数百件に及ぶ。15年に公証人を退官し弁護士登録。日本成年後見法学会常務理事を務めるほか、野村資産承継研究所研究理事として税務の専門家と連携して、資産の管理・検証などを研究する。主な著書に「増補 新しい家族信託」(日本加除出版)、「高齢者を支える市民・家族による『新しい地域後見人制度』」(同)などがある。
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