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子供の音環境に注意 聴覚・情緒に影響 吸音材で改善も

2016/7/5 日本経済新聞 夕刊

保育室の天井に吸音材を取り付け、音の響きを抑えている(千葉県八千代市の第二勝田保育園)

 子どもが長時間過ごす保育園や小学校の部屋の音が大きく響きすぎるのでは? 建築や音響、教育の専門家らは一部の施設では声が響き過ぎ、互いに声を張り上げないと聞き取れない状況だと指摘する。さらに、この“騒音”環境に聴力が未発達な子どもがさらされると、聴覚や言語習得力の低下が懸念されるという。音環境の改善を進める保育園や学校も出始めた。

 「迎えに行くと保育室があまりにも騒がしくて先生の話が聞き取りづらい」。都内の区立保育園に3歳の娘を預ける母親(38)は打ち明ける。おもちゃが床に落ちる音や遊び声などが「ワーンと響く。頭が痛くてとても長居できない」。

 音響設計に詳しい明治大学の上野佳奈子専任准教授は、駅ビル内の認可保育園を調査して驚いた。「部屋の隅で保育士がかける掃除機の音が全く聞こえなかった」からだ。

 埼玉大学の志村洋子名誉教授の調査では、子どもが活動中の保育室内の騒音レベルは80から90デシベル。地下鉄の車内や騒々しい工場の中にいる感じだ。電車が通るガード下の音に相当する、100デシベルを超えることもあった。

 厚生労働省が定める労働者の作業環境の騒音基準では、90デシベル以上の騒音にさらされるなら、イヤーマフなど保護具が必要。調査対象の施設では、ほぼ同等の状況だ。

◇    ◇

 そもそも子どもの声や動作音はそんなに大きいのだろうか。上野専任准教授は「騒音レベルになってしまうのは、音が響き過ぎるため言葉が聞き取りづらく、ますます大声を出すようになるからだ」と指摘する。最近はフローリング床の保育園が増え、音がより反響しやすいこともある。

 近年の待機児童問題の解消に向けた動きが、音環境の悪化に拍車をかける、との声もある。用地不足で商業ビル内や鉄道高架下など「本来人が暮らさない場所に保育園が作られている」(志村名誉教授)。岩手大学の船場ひさお特任准教授は「ビル内保育園の保育室は一般の保育園より10デシベルほど音が大きい」と話す。

 小学校の教室も同様の問題を抱える。なかでも教室と廊下などの空間との境に壁がない「オープン型」教室は、隣の学級から音や声が届きやすい。オープン型教室で1年間過ごした都内の小学生(7)は「後ろの席だと先生の声が聞こえなかった」と振り返る。児童が集中力を欠くなど授業に影響が出るため、ここ数年は間仕切りを新たに設置する動きが進む。

 実は、単に聞こえにくいだけではない。志村名誉教授は「子どもの発達への影響が心配だ」と話す。通常、4、5歳前後で雑多な音から、自分への声かけなど必要な音を聞き分ける力がつくが「0~4歳に雑音の中で育つと判断しづらくなる」と懸念する。情緒面への影響も否定できない。岩手大学の船場特任准教授は「音環境の悪い所にいる子どもほど、落ち着きがないことが多いのではないか」という。

◇    ◇

 世界保健機関(WHO)は環境騒音の指針で「子どものための音環境」の基準値を定めている。欧米各国も乳幼児の言語能力の発達上、保育空間の音響設計は重要として数値基準や法令を持つ。一方、日本では日本建築学会(東京・港)の学校施設向けに定めた吸音指針のみで、法規制も保育施設向けの基準もない。文部科学省が学校の教室内の騒音レベルの基準を定めてはいるが「外からの騒音を防ぐためで、室内の騒音源は想定していない」(国立教育政策研究所の屋敷和佳総括研究官)。

 中で働く保育士らは、大人数の子どもがいて騒がしいのは当然で、大声でのどがかれるのも職業病とみなしがち。まさか、問題が音が響きすぎる空間など環境にもあるとは考えてこなかったようだ。

 ここへきて、ようやく改善への動きも出始めた。千葉県八千代市の第二勝田保育園は、ポリエステル製の断熱・吸音材を保育室の天井に取り付けた。きっかけは11年の園舎増築。新しい保育室を使うと「保育がしづらい」「園児が落ち着かないときがある」との声が保育士から挙がったのだ。本来なら人気の紙人形劇を見せても、後列の園児が、途中から飽きてしまうようになったという。

 調べた結果、音が響きすぎて子どもがセリフを聞き取れなくなったと判明。吸音ブロックの導入後、園児は最後まで観賞できるようになった。丸山純園長は「無駄に響かないので大声を張り上げることが減って静かになった」と話す。

 設置を提案した熊本大工学部の川井敬二准教授によると、部屋の表面積の約1割をこの素材で覆えば効果が出るという。天井だけに設置するなら天井の4割程度を覆う。音を吸う布製の壁掛けやカーテンだけでも変わると言う。

 建築学会は、川井准教授を中心に、保育施設も含めた子どものための音環境の基準作りを始めた。川井准教授は、音の環境と聞き取り能力の関連性について、今後数年かけて研究するという。

 保育園や小学校低学年は、子どもの言語や感受性が最も育つ時期。この時に過ごす場所の「音環境は将来の学習能力と無関係とは思えない」と志村名誉教授。対策は始まったばかりだ。(南優子)

〔日本経済新聞夕刊2016年7月5日付〕

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