「大晦日にカネをせびりに来たのか」の一言で起業決断ジェイアイエヌ社長 田中仁氏(上)

明け方の午前3時か4時に家を出て、暗い中、1キロメートル足らずの道のりを歩いて川沿いまで行くのも、小学生の私にはちょっとした冒険でした。不思議と、そういう時って目覚まし時計がいらないんですよね。ごく自然と、目が覚める。

子どもはみんなそうかもしれませんが、親や先生に「これをやりなさい!」と言われるとやりたくなくなるのに、自分で決めたことだけは頑張れるようなところ、あるじゃないですか。カブトムシやクワガタを捕りに行くのも、まさにそれでした。

師走になると、地元では「稲荷祭り」が開かれます。各戸の裏庭に、お稲荷さんを祭る小さな社があり、祭りの日はそこにイワシをお供えする習わしでした。子どもたちは公民館に集まって、「ヨーイドン!」で一斉に家々を回り、集めたイワシの数を競い合う。私はいつも、誰よりも多くのイワシを集めていて、この競争も負けませんでした。

イワシを供えるには一定の儀式があり、家族全員がそろってからでないと供えられない。全部で100軒ほどの小さな集落でしたから、子供ながらに、「あの家のお父さんは帰りが遅いな」とか、それぞれの家の事情も頭にインプットしてある。公民館を出ると、みんなは近い家から順番に回っていくのに、私はどの家が何時頃イワシを供えるかを予測しながら自分なりのルートで回っていましたから、他の子たちと比べてイワシをもらえる確率が、格段に高かったのです。

5分と机の前に座っていられないほど勉強が嫌い

勉強はあまり好きではありませんでした。机の前に5分と座っていられない子どもでした。小・中・高校と振り返っても、熱心に勉強した記憶はありません。それでも小学生まではまあまあ成績が良くて、中学に入ったら中の上くらいでしたか。

地元では高校受験を迎える頃になると、不安な子たちは公立の滑り止めとして私立を受けるのが一般的でした。その時、幼なじみで仲が良かった友人のひとりが突然、「オレは将来、先生になる。だから県立前橋高校を受ける」と言い出しました。しかも、滑り止めは一切受けない、と宣言した。

模試の結果や偏差値を見れば、合格可能性がどのくらいあるかもだいたいわかります。その友人が志望した前橋高校は県内有数の進学校で、偏差値も彼の10くらい上。先生も心配して「無理だから、もう1ランク下げたらどうか」とアドバイスしていましたが、彼は浪人を覚悟しても志望校を下げなかった。

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