医師の都市集中歯止め? やりがい・厚遇で地方へ

2016/7/3

かれんとスコープ

常磐病院は都市部からの医師の採用に力を入れる(福島県いわき市)
常磐病院は都市部からの医師の採用に力を入れる(福島県いわき市)
都市の病院から地方の病院へ移籍する医師らが少しずつ増えている。東京などに人材が集中し、医療が滞る地域を生んでいる「偏在問題」に歯止めはかかるのか。

東京都内の病院に勤務していた玉田裕医師(48)は4月、福島県いわき市の常磐病院に移籍した。医師になって間もない頃、静岡と栃木に1年ずつ勤務した経験はあるが、その後は東京勤務。福島での単身赴任生活が始まった。

玉田氏は産婦人科と婦人科が専門で、勤務医として激務をこなしてきた。しかし、医師の数が多い東京では「自分の代わりはいくらでもいる」との感覚があった。移籍の話が舞い込み、「残りの人生をかけて大きな仕事をしたい」との思いが強まる。地元の開業医と協力し、がんを予防する態勢を整えるのが夢だ。

大都市に偏る人材

同病院の新村浩明院長は「都市部の病院で経験を積んだ医師が、やりがいを感じられる環境を提供したい」と話す。地方の医師不足は深刻な問題だが、「病院側の工夫次第で医師を集めることは可能。企業が有能な人材を求めて競争するのと変わらない」。

医師を呼び込むには魅力的な病院経営も重要な要素となる。レストランやホテルなどを経営する東京の会社から、社会医療法人、石川記念会のHITO病院(愛媛県四国中央市)に4月に移籍した鎌田潔氏(61)は集客施設の開発と経営の専門家。病院を中核とする街づくりに取り組む仕事に魅力を感じた。「病院は地域に不可欠な存在で、責任の重さを実感している」。石川賀代理事長は「働くスタッフから病院が選ばれる時代。志が高いスタッフを集めるためには、受け入れ側の覚悟が必要」と気を引き締める。

医師の数は全国で約30万人。総数は足りているが、地域別のバランスが悪いと指摘されてきた。人口10万人当たりの医師数(2014年)が多いのは、東京、大阪、京都、福岡など。東北6県(福島は188人)は全国平均(233人)を下回り、四国4県(愛媛は254人)は平均を上回るなどばらつきがある。

医師の偏在に拍車をかけた、と日本医師会などが指摘するのが、04年度に導入された「新医師臨床研修制度」だ。医学部卒業生の臨床研修は従来、出身大学の付属病院で実施。教授を頂点とする医局と呼ばれる組織が人事権を握り、関係の深い病院へ医師を派遣し偏在を調整してきた。

卒業生が自由に研修先を選べる新制度は、経済学の「マッチング理論」を応用し、卒業生と病院が希望を出し合える画期的な仕組みだが、予想外の副作用が生まれてしまった。研修内容が充実する東京の病院などに人気が集まり、医師の都市集中に拍車がかかったのだ。

研修見直し機に

そこで、10年度には都道府県別に定員の上限を設けるなど制度を微修正した。その効果もあって、若い研修医の都市集中が緩み始めた。この頃から、厚遇で医師を迎えようという地方の病院からの引き合いに応じて移籍するベテラン医師も増え始め、医師が都市に集中する現象は、揺り戻しの時期に入ったといえる。

医師のスカウトを手掛ける半蔵門パートナーズ(東京・千代田)の武元康明社長は全国の病院を巡り、地方に移籍する医師は着実に増えているとみる。東京など都市部の勤務医は報酬も含めた労働条件が必ずしも良くない。その一方で、地方には明確な将来ビジョンを描き、経営力がある病院が登場している。「単身赴任者に帰省手当を出すなど家族に対する配慮も手厚くしている病院が多い。地方への移籍は第二の人生の有力な選択肢になっている」という。

全日本病院協会の西沢寛俊会長は、地域の核となる基幹病院と中小の病院が連携する「地域圏」構想を提唱する。地域圏に属する医師は、一時的にへき地医療なども分担するが、人事ローテーションを厳格にし、地方勤務の不安を減らす。「医師が働きやすい環境づくりが、地域偏在を解消するカギ」と強調する。

統廃合も移籍促す

病院の統廃合も、医師に移籍を促すきっかけになる。経営不振に陥っている病院などの統廃合は全国で進むとみられるが、過剰感が強い都市部の医師が統廃合を機に地方に目を向ける可能性がある。

もっとも、魅力ある職場を提供し、人材の獲得に成功する地方の病院はまだ一部。医師の偏在は、引き続き重い問題だ。日本医師会と全国医学部長病院長会議は昨年末、医師の地域偏在を解消するための緊急提言をまとめた。大学別に「医師キャリア支援センター」(仮称)を設け、医学生に出身大学がある地域での臨床研修を促す案などを政府に示している。日本医師会の釜萢敏常任理事は「医師の人数を比べるだけではなく、住民が不都合を感じているかという視点も大切だ」と語る。

民間の自助努力で偏在問題が解消していくのが理想だが、限界があるのも確か。政府、自治体と病院が協力し、地域の実情を踏まえたきめ細かい対応を急がないと、生活の基盤が揺らぎかねない。

◇   ◇

関連インタビュー■武元康明・半蔵門パートナーズ社長

医師が都市部に集中する「偏在問題」は、解消の方向に向かっているのだろうか。医師のヘッドハンティングに携わる、半蔵門パートナーズ(東京・千代田)の武元康明社長に聞いた。
半蔵門パートナーズの武元康明社長

――医師のスカウトは一般にはあまり知られていない仕事だ。

「当社は、医師を増やしたい病院からの依頼を受け、移籍を期待できそうな医師にアプローチし、スカウトしている。大都市の病院からのスカウトの依頼はほとんどない。都市部には医師にとって魅力ある病院が少ない。東京を例にとると、国立、私立の大学病院がまずあり、それなりに基幹病院として機能している民間病院はどこかの大学の関連病院だ。そこには大学病院の教授の采配によって医師が派遣されている。自由な移籍が難しい環境でもある」

「日本を大都市、中規模都市(県庁所在地など)、地方、へき地に分類すると、当社への依頼が多いのは地方からだ。地方には、魅力のある病院が増えていて、医師へのニーズも増している」

――都市と地方で働く医師の総数のバランスをどうみるか。

「10万人当たりの医師数が、地域偏在を図る指標としてよく使われているが、この数字を使うことにはあまり賛成できない。例えば、京都府は日本で10万人当たりの医師数が最も多いとされるが、京都市内とそれ以外とでは大きく事情が異なる。実際に現地に足を運んで話を聞くと、多くの地域では県庁所在地では医師の数は満たされていて、そこから自動車で20~30分走っていくと医師が不足している。そんな県が大半だ」

「医師の総数が足りないわけではない。日本全体で30万人にのぼる医師をバランスよく配分できれば、医師の偏在問題を解決できる可能性が高い」

――医師偏在の傾向に変化は出ているか。

「医師のスカウト業を始めてから11年がたつが、最近、やや改善している。医師の偏在を起こすきっかけとなったのは2004年度に発足した研修医制度だ。研修医が自由に研修先を選べる仕組みにした結果、都市部で研修を終えた後、そのまま都市部の病院に就職する人が増えた。かつて研修医は全国各地の出身大学の医局に所属し、医局が医師たちを地元に派遣する機能を担っていた。その機能が働かなくなり、07~09年ころに地域偏在の問題は最悪期を迎えた。そこで、国は10年度に地域別の上限を設けた。その効果も出始めている」

――自ら地方に移る医師が増え始めた理由は。

「一部の地方では、街づくりの構想をもつような病院がすでに台頭していて、経験が豊富な医師を求めている。都市部で勤務する40歳以上のキャリアを積んだ医師の間では、これまでに磨いてきた技能を臨床で生かしたり、ライフプランとして人材の育成に注力したりしたいと考える人が増えている。スカウトの対象は40代半ばから60歳前後。8~9割は大学病院の人事に属している医師だ。大学教授の退官に伴う人材の入れ替えなどで、身の振り方を考えている医師らに地方の優良な病院への移籍を提案している」

――都市部と地方とで勤務医の労働条件に差はあるのか。

「都市部の勤務医の報酬は決して高くない。地方に移っても条件が悪くなることはない。当社が仲介した事例では、受け入れる側の地方の病院は、単身赴任などに伴う生活の二重コストが負担にならないように配慮し、生活費用や、帰省にかかる交通費を補助している。家族とのコミュニケーションをよくするため、隔週での帰省を認めている病院が多い。ただ、労働条件ばかりを気にする人はほとんどいない。医師にとって何が大切なのかを、よく考えて移籍を決断している医師が大半だ」

――日本では病院の統廃合が進みつつある。その影響は。

「病院の統廃合も、移籍のきっかけになる。日本には約8500の病院があり、そのうち約6500が民間病院だ。国公立病院の統廃合に加え、6500の民間病院も半数ぐらいに減らさないと経営効率が上がらないとみている。日本は病院の数が多すぎ、患者の取り合いになっている。少ない患者から、より多くの『売り上げ』を得るために、過剰診療を施す傾向がある。病院の『選択と集中』は欠かせず、今後も各地で統廃合は加速する。その過程で、移籍を決断せざるを得ない医師にとって、地方の病院は有力な選択肢となるだろう」(編集委員 前田裕之)

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