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海外留学の夢がかない、20代半ばで米コロンビア大学ビジネススクールに社費留学した魚谷雅彦・資生堂社長(62)。クラス討論に一時は自信を失ったものの、自力で何とか克服した。物語の後半は、その後のキャリアや経営哲学を形作ったビジネススクールでの体験に、さらに踏み込んでいく。

ニューヨークという地の利を生かし、生きた教材から経営を学んだ。

マンハッタンには数多くの世界的な企業が本社を構えており、企業との交流や接点もたくさんありました。そこから多くのことを学びました。

例えば、私の留学中にちょうど、ジョンソン・エンド・ジョンソンの解熱鎮痛剤タイレノールに何者かが毒物を混ぜ、7人の犠牲者が出る痛ましい事件がありました。トップの英断で素早く商品回収に動き、逆に同社の評価が高まりましたが、ビジネススクールの教授の中に同社の顧問がいて、同社の企業経営のあり方など、様々な話を私たちにしてくれました。教授の中には企業のコンサルタントをしている人も多く、生きた事例を数多く学ぶことができました。

企業訪問で印象に残っているのは、ある大手広告代理店を訪ねた時のことです。私たち学生が会議室で待っているところに、無愛想な表情をした担当者が入ってきて、会社の説明のために置いてあったボードを、なんといきなり放り投げるではありませんか。私も含め、みんな意表を突かれてびっくりしましたが、その担当者は拳で左胸をたたきながら、「君らに会社の説明をするのに、こんなボードは必要ない。俺はここで話す」と平然と言い放ちました。

米国人というのは、相手に何かを伝えるために、ここまでプレゼンやコミュニケーションに工夫を凝らすのかと、いたく感心しました。話し方も非常に情熱的。日本の企業だったら絶対に考えられないことです。

日本に帰国してからも、役員相手に商品企画などのプレゼンをする時は、このプレゼンを参考にしました。もちろん、ボードを投げたりはしませんでしたが(笑)。30歳というライオン最年少の若さでブランドマネジャーに抜擢されたのも、こうした留学中の経験のお陰だと思っています。

資生堂では、ダイバーシティー(多様性)こそが企業の持続的成長につながるとの信念から、女性や外国人など多様な人材の積極活用を掲げる。この信念もビジネススクールで身に付けた。

自費留学で来ている仲良しのペルー人がいて、彼はお金がないので教科書はすべて中古品。着ている服もボロボロ。ある朝、大学のカフェテリアで会ったら、コーヒー用に置いてある紙パックの牛乳をコーヒーカップにめいっぱい注いで、「これが僕の朝食」と何の屈託もなく言うのです。しかもおかわりまで。こいつすごいな、なんてたくましいのだろうと思いましたね。

ビジネススクールには、彼のようないろいろな価値観を持った人が大勢集まってきます。そういう人たちの中に身を置くと、例えば、日本の感覚ではやってはいけないとされることでも、実はよく考えるとそれを禁止するルールはなくて、自らの自由な発想や創意工夫で何をやってもいいのだという気持ちになります。これこそがイノベーションの源泉であり、ダイバーシティーを推進する一番の利点だと思います。

同じ価値観の人間だけが集っても、イノベーションは起きません。コカ・コーラ時代の経験からも言えることですが、日本では「今までずっとこうやってきたのだから、これからも同じやり方を続けるべきだ」という論理になりがちです。しかし、欧米ではこの言葉を一番嫌う。禁句です。今までこうやってきたからといって、なぜこれからも同じやり方を続けなくてはいけないのか。やり方を変えればさらに良いものが生まれるのではないかというのが彼らの自然な発想です。

資生堂でもダイバーシティーにより、イノベーションとグローバル化を推進していきたいと考えていますが、その発想、視点の原点は、まさにビジネススクールでの2年間の経験でした。それがなかったら、今の私はなかったと断言できます。

今年度、海外のビジネススクールへの社費留学制度を復活させる方針を打ち出した。

日本でダイバーシティーというと、女性の活躍に話が行きがちです。それはとても大切ですが、グローバル時代には、さらに外国人の経営参加や若手の登用、ベテランの活用など多様な人材の意見を経営に取り込むことが非常に重要です。消費者も多様化が進む時代、企業がモノカルチャーだったら、競争には勝てません。

そして、社内のダイバーシティーを進める上で必要な人材育成策の一つになるのが、社員の海外体験だと思っています。海外のグループ会社との人材交流でもある程度の海外体験はできますが、やはり同じ企業グループなのでダイバーシティーの発想を身につけるには、やや不十分。その点、海外のビジネススクールには、世界中から様々な価値観の人たちが集まるので、ダイバーシティーを身につける場としては理想的です。

そして、経営学修士(MBA)を取って戻ってきた社員たちが、やりがいを持って長く働けるような魅力ある会社に変えていくことが、私の経営者としての責務だと思っています。

インタビュー/構成 猪瀬聖(ライター)

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