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ビジュアル音楽堂

チェリストの新倉瞳さん 音楽×美術を奏でる

2016/6/25

 スイス在住のチェリスト、新倉瞳さんが音楽と美術をつなぐ演奏活動を続けている。今年デビュー10周年の新倉さんに、美術館での演奏会や衣装へのこだわり、「音=色」の共感覚、音楽や美術や言葉が交錯し融合する「総合芸術」の可能性について聞いた。

 「詩を書くのも好きだけど、とにかく絵を描くことが大好きだった。本を読んで登場人物を想像したり、音楽を聴いて色を思い浮かべたり。子供の頃からそうやってずっと絵を描いてきた」。新倉さんはこう語り、チェリストでなければ画家になりたかったことを明かす。

 「絵画と音楽は密接に関係している」と言う新倉さんが重ねているのは、美術館を舞台にした演奏会だ。2012年にはブリヂストン美術館(東京・中央)の「ドビュッシー、音楽と美術-印象派と象徴派のあいだで」の展覧会場でチェロとピアノのコンサートを開いた。今年は8月22日まで「ルノワール展」を開催中の国立新美術館(東京・港)で、6月3日と同17日、マリンバ奏者の塚越慎子さんとのデュオで公演した。

バッハの「無伴奏チェロ組曲第1番」から「サラバンド」を弾くチェリストの新倉瞳さん(6月15日、東京都渋谷区の日本ヴァイオリン・アートサロン)=撮影 大川原健

 国立新美術館での2回の演奏会ではルノワールの絵画から連想される楽曲を選んだ。「チェロとマリンバのための原曲は本当に少ないので、今回のコンサートに向けて編曲した」。フランス印象派絵画と密接につながるフランス印象主義の音楽として、ラヴェルの「亡き王女のためのパヴァーヌ」とドビュッシーの「亜麻色の髪の乙女」がまず必須の演目に挙がった。

 新倉さんがスイス留学後に出合った東欧ユダヤ民族の音楽「クレズマー」も披露した。アンコールでは、「ドイツ語に似ている」という東欧ユダヤ人のイディッシュ語の歌詞を彼女が歌いながら、クレズマー音楽を奏でた。

 「フランスといえばシャンソンを抜きにできない。ルノワールの絵からは歌が聞こえてくる」としてシャンソンの名曲も演奏した。主にチェロが歌の旋律を弾き、マリンバが和音とリズムを担当するアレンジだ。「恋は水色」「バラ色の人生」……。美術の国フランスには色彩が盛り込まれた歌がなんと多いことか。

演奏会用の衣装を見せて説明するチェリストの新倉瞳さん(6月15日、東京都渋谷区の日本ヴァイオリン・アートサロン)=撮影 金谷亮介

 梅雨時の絹色の雲が立ちこめる6月15日、公演のため一時帰国した新倉さんを、練習場所の日本ヴァイオリン・アートサロン(東京・渋谷)に訪ねた。弦楽器の修理工房も入るビルに、そのヨーロッパ風の小さなホールがひっそりとある。新倉さんはJ.S.バッハの「無伴奏チェロ組曲第1番BWV1007」から第4曲「サラバンド」を試奏した。

 バッハの「無伴奏チェロ組曲(第1~6番)」は「舞踊組曲」といえるほど、ブーレ、ジーグ、メヌエットなど様々なダンスの音楽を組み込んでいる。サラバンドもその一つ。落ち着いた重低音が緩やかに3拍子で揺れる。中米が起源の舞曲といわれ、大航海と植民地政策の時代を通じて欧州に伝わったという。あまりにもテンポがゆっくりなため、かつて舞曲であったことを忘れてしまった音楽という印象だ。チェロだけで奏でられるサラバンドを聴くと、静かな安らぎの世界が永遠に広がっていく気がしてくる。

 音楽から色彩が思い浮かんでくるという新倉さんに、バッハの「サラバンド」がどんな色か聞くと、「木目調」との答えだった。ラヴェルの「亡き王女のためのパヴァーヌ」は「黒、夜空のイメージ」だという。音から色を連想する共感覚、色聴の経験。20世紀フランスの作曲家オリヴィエ・メシアン(1908~92年)は色聴の共感覚の持ち主で、その作品でも音を通じて色を伝えようとしたといわれる。

 新倉さんが中学時代に所属していたのは美術部。「チェロと絵画が好きだった。ただ、絵は個性が強すぎると言われた。水彩画を描いても全部ゴッホの油絵みたいになり、想像して抽象的に描くから構図はピカソの絵みたいになった」

フランス北部ジヴェルニーの「モネの家」敷地内にある睡蓮の浮かぶ池。画家クロード・モネが連作「睡蓮」のモデルにした=撮影 池上輝彦

 最も好きな画家はフランス印象派のクロード・モネ。「スイスから3時間ほど電車に揺られてパリに行くと、モネの『睡蓮(すいれん)』の絵の前で何時間でも過ごす。幸せな気分になる一方で、途端に涙が出てくることもある。最も心が落ち着く絵です」。パリ郊外のジヴェルニーにあるモネの家も訪ねて、「睡蓮」のモデルとなった庭の池も眺めたという。「実際には随分と緑が深い風景」と印象を話す。

 新倉さんは絵画だけでなく、「演目の曲調にふさわしいステージ衣装」にもこだわる。「聴く人が音楽に集中できる衣装」を基本にする。演奏家は様々なビジュアルアートを含む「総合芸術」として音楽を捉える必要があると説く(試奏や衣装、インタビューの詳細は映像をご覧ください)。

 桐朋学園大学在学中にCDデビューした新倉さん。紀尾井ホール(東京・千代田)でデビューリサイタルを開き、テレビ出演やCMの仕事もした。しかしタレントのような扱いには戸惑いがあったようだ。同大学音楽学部を首席で卒業後、「音楽家として確かな自信をつけたい」としてスイスのバーゼル音楽院に留学。現在は室内楽団のカメラータ・チューリヒの首席奏者をはじめ、チューリヒに在住して活動している。

 彼女が師事したチェリストの一人が、桐朋学園大の前学長でサントリーホール館長の堤剛氏。9月16日にはサントリーホール・ブルーローズ(東京・港)で堤氏や音楽仲間を集めて「デビュー10周年記念コンサート」を開く。「今後は作品の解説など言葉、トークを含む演奏活動も展開していきたい」と話す。

 音楽と美術と言葉。19世紀ドイツの作曲家リヒャルト・ワーグナーは、音楽に他のジャンルを取り込んだ「総合芸術」を提唱し、自らのオペラ(楽劇)を推進した。ワーグナーが生み出した長大な音楽と物語、大掛かりな舞台装置の世界でなくても、「(音楽家は)総合芸術を意識しなければいけない」と新倉さんは説く。バッハの「サラバンド」の静かな余韻と色合いが、さりげなくも親密な総合芸術の可能性を伝えている。

(映像報道部シニア・エディター 池上輝彦)

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