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あの人が語る 思い出の味

試合前日、異国で「うどん」 為末大さん 食の履歴書

2016/7/1

 「トップアスリートは、なんでも食べる」

 元五輪陸上選手で400メートルハードルの日本記録保持者、為末大さんの食生活を劇的に変えたのは、栄養学の本で出合った一文だ。

 子どもの頃からスポーツ万能だったが、好き嫌いが多く偏食。父親に「全部食べ終わるまで立つな」と言われ、苦手な切り干し大根とじっと向かい合っていた記憶もある。そんな少年は、中学1年でこの言葉を知った瞬間に「なんでも食べられるようになった」。

 現役時代「侍ハードラー」の異名をとったアスリートは、広島市で生まれ育った。地元の新聞社で広告マンとして働く父と、専業主婦の母、姉と妹の5人家族。全員が陸上競技をしていた陸上一家だった。

元五輪陸上選手、一般社団法人アスリートソサエティ代表理事。1978年生まれ、38歳。シドニー、アテネ、北京の3回、五輪に出場した。引退後はスポーツを通じた社会貢献を柱に活動。 【最後の晩餐】やっぱり広島のソウルフード、お好み焼きです。広島に帰ると駅や空港でよく食べています。実家の近くには分厚い鉄板で焼く店があって、姉や妹の家族が集まるときは買ってきて皆で食べる。好きな具は肉と卵とそばにキャベツ、餅。熱々のお好み焼きをたっぷりソースで食べたいですね。 写真 葛西宇一郎

■偏食を返上

 小学校に入ると短距離走でめきめき頭角を現す。高学年になると身体づくりへの意識が芽生え始めた。「毎食、たんぱく質と炭水化物と野菜の3つをとろうと考えていた」。息子のため、母はスポーツ栄養学の本を買い込んだ。その中の1冊に冒頭の言葉があった。

 中学校に入ってからの生活は、陸上一色。「とにかくよく練習して、よく食べた」と振り返る。

 高校時代は1日4食。朝食は目玉焼きとちょっとしたおかず、ごはん2杯と味噌汁。朝練を終えるとたちまちおなかがすき、3限目の休み時間にはお弁当箱は空に。昼休みは学食でうどん。放課後の練習を終え帰宅するとすぐ晩ご飯。加えて、練習を終えて1時間以内に「筋肉の回復のため、コンビニでおにぎりを買って食べていた」。

 食事は、速く走る身体をつくる手段の一つ。「食べ物や食べ方で自分の身体をつくり変えていく、という感覚が面白かった」

 料理を覚えたのは法政大学時代だ。陸上部の寮に入ると、40人分の朝食と夕食をつくる当番が週1回まわってきた。よく作ったのがシチューと酢豚。ニンジン30本の皮をむき、大量の米をとぎ、寸胴鍋で調理する。「修行僧のような時代」のおかげで、今では弁当もつくれる「カジメン」だ。

 大学4年でシドニー五輪に初出場。転倒し予選落ちしたが、その後活躍の場は世界に広がった。

 世界のトップアスリートの食事は、意外なものだった。ハンバーガーを平気で食べる金メダリストもいれば、かなり小食な身長2メートルの投てき選手も。「日本の選手が一番、食への意識が高いと思った」

 現役時代の忘れられない食事といえば2001年、カナダ・エドモントンで開催された世界選手権の前日のこと。陸上界の先輩で、後の北京五輪で銅メダルに輝く朝原宣治さんが日本料理店に連れていってくれた。

■「生ものやめろ」プロ根性を知る

 日本を離れ1カ月ほど。日本食が恋しかった。メニューにあった寿司を食べたいと言うと、朝原さんは「生ものはやめなさい」とぴしゃり。試合前はリスクをできるだけ排除する。世界で戦ってきた経験からの助言だった。注文したうどんをすすりながら「朝原さんはこういう感覚で生きているんだと感心した」。

 迎えた本番では、47秒89の日本新記録で銅メダルを獲得した。夜はメキシコ料理店で祝賀会。「テキーラを飲んだことしか覚えてない」が、人生最高の宴だったことは間違いない。

 その後も日本陸上界のトップを走り続け、05年、ヘルシンキでの世界選手権で2つめの銅メダルを獲得。04年のアテネ、08年の北京五輪でメダルを目指すがかなわず、12年に現役引退。現在はアスリートのセカンドキャリア支援やスポーツを通じた国際交流など様々な活動を展開する。

■息子を「舌育」中

 15年には、ブータンのオリンピック委員会のスポーツ親善大使に就任。陸上競技で五輪に出場したことがない同国の選手やコーチの育成に取り組んでいる。

 「幸せの国」といわれるが、ブータン料理は実は「激辛」。地元の人と食事したときには、大皿料理がどんと置かれた食卓を、15人の大家族とともに囲んだ。

 「じゃがいもやまつたけをチーズと煮た料理やカレー風のものなど、おいしいけれどとにかく辛い。日本人は辛さを3分の1ぐらいにしないとだめじゃないかな」。鮮烈な辛さとともに、食卓を囲む大家族の笑顔が記憶に刻まれた。「日本が失った象徴的なものを見た気がした」

 引退後は自由に楽しんでいた食事だが、最近は「制限モードに戻った」という。きっかけは、1歳7カ月の息子の食育ならぬ「舌育」だ。「海外で強烈に感じたのは、舌がどんな味のネイティブか、ということの重要さ。砂糖ジャリジャリのケーキの味がネイティブだと、太らないために生涯我慢が必要。でも日本の味が落ち着く舌なら、世界のどこにいっても大丈夫」

 砂糖や塩は控えめに、だしや素材の味を生かした料理を夫婦で心がける。目標に向かってコツコツ努力を積み上げるのはお手のもの。父の手料理で、息子の舌は日々「日本ネイティブ」に育っているに違いない。

■囲炉裏で炭火焼き

いろりを囲んでいただくごん助の「おまかせコース」

 海外遠征や長期出張から帰ると訪れたくなるのが、大学時代を過ごした東京都八王子市にある「いろりの里 高尾山名主 ごん助」(電話042・661・2700)。奥高尾の山里に広がる6000坪の敷地に建つ古民家家風の母屋と離れ。趣ある個室の中央には囲炉裏があり、旬の具材をじっくりと炭火で焼いていただく。

 人気メニューは、牛フィレ肉やアユ、特製の「ごん助もち」など10種類の食材と小鉢3品に田楽、食事とデザートがついた「おまかせ」コース(税込み5620円)。「囲炉裏で炭火焼きをゆっくり楽しんだあと、コースの最後に出てくる麦とろごはんとお味噌汁がまたおいしい」

 懐かしさを感じる空間で、囲炉裏を囲んでゆっくりと食事を楽しむ。古き良き日本を感じられると、家族連れにはもちろん、海外からの旅行客にも人気だ。

(女性面編集長 佐藤珠希)

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