過去60年で様変わり 酒の好みは10年サイクル編集委員 小林明

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戦後の日本人のお酒の好みはどのように変遷してきたのだろうか?

1955年から2015年までの60年間の消費量の推移を追いかけてみると、興味深い事実が浮かび上がってくる。ほぼ10年を周期に流行が移り変わっているのだ。

どんな理由で消費者のお酒の嗜好は変化を続け、どの方向に向かっているのか?

それぞれの現象の背景には何があるのか?

日本人のお酒の好みの変遷にまつわる様々な謎を探ってみた。

日本酒→ウイスキー→ビール→焼酎→酎ハイ・ワイン

折れ線グラフは日本酒、ウイスキー、ビール系飲料など6分野の年間消費量(ビール系飲料のみ右側の目盛りで表示)の推移である。

各分野のピークを調べると、日本酒→ウイスキー→ビール→焼酎→酎ハイ・ワインという順番で次々にシフトしている。しかもピーク年次が、1973年→83年→94年(→98年)→2006年→15年とほぼ10年周期で変化しているのが分かる。

以前、このコラムでも触れたことがあるが、名前の流行(「連・結衣の時代が到来? 赤ちゃんの名前に10年周期」=2012年12月14日掲載)と同じように、お酒の流行も10年周期で変遷しているのだ。

名前の流行などと同じ10年周期、新風潮求める新世代

流行や嗜好の変化について研究している米国の社会学者、スタンリー・リーバーソン氏によると、流行にはメディアなどの影響による「外的要因」に加えて、流行そのものが次の変化を生み出す「内的要因」が作用するそうだ。

つまり、ある事象が流行して10年ほど経過すると、やがて「一昔前の流行」として飽きられ、世の中が新たな風潮を求めるようになる。次の世代は先輩の世代とはあえて違うトレンドを自ら生み出そうと努める。こうして、流行はほぼ10年周期で移り変わるようになるというわけ。

同じような現象はヒット商品や衣類やメーク、髪形の流行など様々な分野でも起きている。

では、お酒の好みの変遷にはどんな特徴があるのだろうか?

キリンのCSV本部ブランド戦略部リサーチ室の副島美智子さんによると、「アルコール度数の強いお酒から徐々に弱いお酒に好みが移り、女性にも飲みやすいおしゃれな雰囲気のお酒がシェアを着実に伸ばしている」というのが大まかな流れらしい。

アルコール度高い→低い、男臭く豪快→女性とおしゃれに

ここで日本人のお酒の好みのサイクルを簡単に振り返ってみよう。

各分野の消費のピークとその背景は以下のようにまとめることができる。

(1)《日本酒時代》ピークは1973年――第1次石油危機に見舞われた1973年までの高度経済成長期に全盛期を迎えたのが日本酒。アルコール度数は15度前後とやや高め。右肩上がりの売り上げ拡大期に成績を競い合っていた猛烈サラリーマンは、夜な夜な強めの日本酒を飲みながらストレスを発散し、明日への英気を養っていた。

(2)《ウイスキー時代》ピークは1983年――1971年のウイスキー輸入自由化を背景にした舶来ウイスキーブームに加え、飲みやすい「水割り」が流行するようになると、1980年代にウイスキーが全盛期を迎える。バーやスナックでは「ボトルキープ」も普及し、ステータスシンボルとして上昇志向の強い男性社会にうまくマッチして消費が伸びた。

(3)《ビール時代》ピークは1994年――戦後、日本酒やウイスキーとともに「定番」として飲まれていたビール。アサヒ「スーパードライ」(1987年)やキリン「一番搾り」(90年)など苦みや渋みを抑えた飲みやすいビールがヒットし、90年代前半にピークを記録する。

(4)《赤ワイン時代》ピークは1998年――1997~98年にテレビ番組でポリフェノールの効用が宣伝されたことから一時的に赤ワインブームに火が着いた。

(5)《焼酎時代》ピークは2006年――イメージ刷新した焼酎が価格が手ごろでおしゃれな新しいお酒として受け入れられ、市場が大幅に拡大する。2003年には本格焼酎(乙類)ブームで焼酎のお湯割りが日本酒の熱かんの代替として飲まれるようになり、03年には課税数量で日本酒を上回り、06年にはピークを迎えた。

(6)《酎ハイ・ワイン時代》ピークは2015年――価格が手ごろで飲みやすい酎ハイや女性にも好まれるおしゃれなイメージのワインの市場が拡大し、日本酒やビール、ウイスキーから市場を奪ってゆく。近年、ウイスキー市場でソーダ水などで割ったハイボールがブームになっているのもこの傾向に沿った動き。

以上が大きな流れである。

日本酒→ウイスキーの水割り→苦みの少ないドライビール→酎ハイ。アルコール度数の高いお酒からアルコール度数の低いお酒へ、男臭くて豪快に飲むお酒から女性とも一緒に飲むおしゃれな雰囲気のお酒へと、消費者の好みが変化してきた様子が読み取れる。

さらに日本酒、ウイスキー、ビール系飲料、ワインの4分野について市場の変化を細かく見てみよう。

酒販店の衰退、愛好者の高齢化…大企業育たずビール・洋酒に押される

まずは戦後、最初に全盛期を迎えた日本酒。

日本酒は過去60年間でほぼ台形のような形状で推移してきた。戦時下の米不足の解消と製造法の向上を背景に出荷量が急速に回復。高度経済成長下での所得水準の上昇も手伝い、1970年代前半まで特級・1級酒を中心により高級品の消費が伸びた。

1号瓶入りの「ワンカップ大関」

メーカー側も180ミリリットル(1号)瓶入りの「ワンカップ大関」(1964年)、紙容器(75年)、900ミリリットル(5号)瓶入り(78年)など新容器を次々に投入して需要の喚起に取り組んだ。

だが日本酒市場は地域性が強く、全国規模の大型メーカーがなかなか育ちにくいため、巨額投資を拡販につぎ込んだビールや洋酒の大型メーカーの営業攻勢に押されて次第に劣勢に立つようになる。

海外で人気の「獺祭」

さらに主力販売ルートの酒販店の衰退、愛好者の高齢化も進んだため、草刈り場としてウイスキー、ビール、焼酎などのライバルメーカーにシェアを奪われ、市場はジワジワと縮小を余儀なくされる。

近年こそ世界的な和食ブームで旭酒造(山口県岩国市)の「獺祭」の人気が海外で高まるなど、国内外で日本酒の愛好者が急速に増えつつある。ただ国内市場自体の規模が大きく回復するまでには至っていない。

2度の値上げ・酎ハイブームでウイスキー離れが加速

1983年を軸に左右対称のピラミッドのように拡大期から縮小期をたどってきたのがウイスキー市場。

サントリーでは、トリス→レッド→ホワイト→角瓶→オールド→リザーブ→ローヤルというヒエラルキーが完成し、様々な世代にウイスキーが浸透した。

出世魚のごとく、就職するまではトリスやレッド、ヒラ社員のうちはホワイト、係長になってからは角瓶、課長でオールド、部長でリザーブ、そして役員になってようやくローヤルという具合に、昇進とともに飲むウイスキーの銘柄も“出世”したのだ。

当時の大学生の多くがこの序列を頭に入れ、「俺もいつかはローヤルを飲める身分に」と夢を膨らませていた。

入門編の「トリス」
就職するまでは「レッド」
平社員は「ホワイト」

係長で「角瓶」
課長は「オールド」
部長なら「リザーブ」

役員で憧れの「ローヤル」

1971年のウイスキー輸入自由化でスコッチ・ウイスキーのジョニー・ウォーカーなど世界的な舶来ブランドも国内市場に浸透し、特級酒市場を活気づける。

だが、1983年の値上げ、84年の増税と2度の値上げに加えて、酎ハイブームのあおりを受けてウイスキー離れが一気に加速。右肩上がりが転換し、減少を続けることに。89年には酒税法改正でそれまで特級、1級、2級と級別によって税率が違っていたのが、級別制度が廃止され、高級酒以外の価格が上がったため、消費が落ち込んでしまう。アルコールの主役の座はビールや焼酎へと移行し、長い低迷時代が続いた。

近年はウイスキーをソーダで割ったハイボールが流行。1950~60年代に流行し、その後、下火になったハイボールブームが再燃した格好。女優の小雪さんを起用したテレビCMも話題になり、若者には「新たなお酒」として、年配層には「懐かしいお酒」として愛好者が増えている。

国税庁とのイタチごっこ、ビール→発泡酒→第三のビールと新市場を開拓

右肩上がりの成長が1994年以降、頭打ち状態に陥り、さらに縮小傾向が続くのがビール系飲料市場(ビール、発泡酒、第三のビールなど)。

1960年代の高度経済成長の追い風に乗って市場が拡大。電気冷蔵庫の普及に伴い家庭での晩酌が浸透し、風呂付き住宅の増加で風呂上がりの需要が伸び、自動販売機の設置で缶ビールの消費も増えた。外食店でも「とりあえずビール」という注文が示すように最初の一杯の地位を獲得し、アルコール飲料の主役として君臨することになる。

大ヒット商品「スーパードライ」
ビール市場を支えた「一番搾り」

アルコール度数が5度程度とそれほど高くないビールは、日本酒などよりも飲みやすい飲料として人気が高まった。これに拍車をかけたのが、アサヒ「スーパードライ」(1987年)やキリン「一番搾り」(90年)など苦みや渋みを抑え、さっぱりした味わいが特徴の新製品。ビール市場は1994年にピークを迎える。

発泡酒が発売されたのは94年のこと。サントリーが麦芽使用率を65%未満に抑えた「ホップス」を発売。ビールよりも課税額が低く、低価格で販売できることから発泡酒は「買いやすく」「飲みやすい」という新商品として人気が高まり、他社も追随したことで市場が急拡大した。

だが、税収不足に苦慮する国税庁とのイタチごっこが続く。

発泡酒「ホップス」
第三のビール「ドラフトワン」

2003年の酒税法改正で発泡酒の税率が上げられると、消費者のビール離れを懸念したメーカー各社が麦芽を一切使用しない第三のビール(新ジャンル)を開発した。ビールや発泡酒よりも課税額が低く、低価格で販売できるためだ。

04年にサッポロビールが売り出した「ドラフトワン」が第1号。他社も追随し、ビールと発泡酒のシェアを第三のビールが奪う状態が続いた。

グラフからもビール→発泡酒→第三のビールと市場シェアがシフトしている様子が読み取れる。とはいえ、ビール系飲料全体の市場は縮小が続いており、各メーカーは対応を迫られている。

ワイドショーから赤ワインブーム、節約志向で低価格の輸入ワインが人気に

最後はワイン。

1998年に赤ワインのブームが起きて一時的にピークを迎え、その後、やや減少期を迎えるが、総じて右肩上がりの増加傾向が続く。

これまでワインブームは何度も起きている。

第1次ブームは73年。70年の輸入自由化と71年のニクソン米大統領によるドル防衛策(ニクソン・ショック)に端を発した円高、73年の関税引き下げによる輸入ワインの価格低下などから市場が拡大。78~79年には関税引き下げによる輸入ワインの価格低下や千円の国産ワインの発売が引き金になって第2次ブームが起きた。

国産地ワインが2級日本酒と同量・同額の一升瓶に詰められて売られた82~83年には第3次ブームが到来。男女平等意識が高まり、高学歴で購買力のある都市部の女性層がイタリアレストランなどで高級ワインを味わうようになった87~89年には第4次ブームを迎える。

バブル経済崩壊後にはチリ産など高品質で低価格の輸入ワインが売り上げを伸ばし、94~96年に第5次ブーム、97~98年にはテレビのワイドショーで赤ワインのポリフェノールによる健康への効能が紹介され、第6次ブームが起きた。スーパーマーケットでも手軽に輸入ワインが購入できるようになったことも普及を後押ししたようだ。

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2003年から07年まではブームの反動で停滞期に入るが、ブドウの品種、収穫年、畑の土壌の特徴、日当たり、製造法など様々なうんちくが詰まったワインへの理解が高まり、愛好者が拡大。健康志向を追い風に市場規模は広がり続けている。

いかがだろうか? 過去60年間に日本人のお酒の好みはこれだけ大きく変貌を遂げてきた。

今後も、低アルコールで飲みやすく、男性でも女性でもおしゃれな雰囲気を楽しめ、様々な味覚を味わる多様化したアルコール飲料が市場のけん引車になるとみられている。

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