氷河期世代 最後の就活環境改善、正社員に道

「東京しごと塾」ではグループ討論などを通じて仕事への自信を醸成する(東京都新宿区)
「東京しごと塾」ではグループ討論などを通じて仕事への自信を醸成する(東京都新宿区)
企業が採用を増やそうとするなか、かつての「就職氷河期世代」が正社員への道を探っている。本人も親も年を取り「最後のチャンス」という危機感がある。

「正社員への覚悟を決める!」「あきらめない!」「なげださない!」。東京都が昨年度から始めた「東京しごと塾」はこうした目標の復唱から始まる。あいさつを練習した後、お互いの身だしなみをチェック。グループ討論や企業訪問などの訓練を3カ月にわたりこなしていく。若者向けの職業訓練のようだが受講者の年齢は30~44歳だ。

非正規、約390万人

塾に参加する42歳の男性は就職氷河期に大学を卒業した後、IT企業の契約社員として働いてきた。仕事にやりがいを感じていたが正社員になれる機会はなかった。「転職して失敗するのが怖くて契約社員を続けてきた。でもやっぱり不安定だし、年齢的にも最後だと思った」と話す。

非正規の場合、突然仕事を失うこともある。14年間契約社員として働いた40代の男性は今春、業務がなくなり退社させられた。「次は正社員の職を探す。安心できる居場所がほしい」と切実だ。東京しごと財団の林さやか正規雇用対策担当課長は「いつも定員の2倍は応募がある。結婚や子育ての最後のチャンスとして正社員になりたい人が増えている」と話す。

「バブル世代がどんどん乗り込んでいった会社というバスのドアが目の前で閉まった世代」。転職サイト「リクナビNEXT」の藤井薫編集長は氷河期世代をこう表現する。バブル崩壊後、企業は急速に新卒者の採用を絞り、若者は行き先を失った。その氷河期世代が30代後半から40代前半になりつつある。総務省の調査によると35~44歳で非正規で働く人は約390万人。うち約2割は不本意ながら非正規を続けている。まだ可能性が広がる若い世代の陰で、行政の支援からも「忘れられた世代」になってきた。

だが、ここに来て採用の環境が改善し、氷河期世代の意欲をかき立てている。2015年の有効求人倍率は平均で1.20倍と24年ぶりの高水準となった。リクナビNEXTの藤井編集長は「人手不足に加え、いびつな年齢構成を修正しようとする企業が増えている」と話す。だからといって、大手企業に簡単に入れるわけではないが「現場のリーダーなどでまじめにやってきた人には、20年ぶりにドアが開いた」と見る。特に中小企業に聞くと「大切なのは人柄。年齢や正社員の経験は関係ない」という声は多い。

老いた親も不安

もう一つ、氷河期世代の背中を押すのが老いていく親の存在だ。

「あと1~2年のうちに安定してほしい」。都内に住む70代の女性は家族の将来に不安を感じている。氷河期に大学を出た娘は非正規のまま転職を重ねる。息子は数年会社勤めした後、働くのをやめ、2人とも30代後半になった。「一度つまずくとやりなおしにくい」と実感してきた。子どもへの支援などで毎月10万円以上消えるが、いつまでも続けられるわけではない。

団塊ジュニアにも重なる氷河期世代は、親と同居するなどして生活を維持してきた面がある。就労を支援するNPO法人、育て上げネット(東京都立川市)の蟇田薫さんは「氷河期世代の子どもを持つ親からの相談がここ2~3年増えている。親も70~80代を迎える中で、まだ子どもが家にいることに不安を覚えている」と明かす。

非正規の労働者は年齢を重ねても賃金があがりにくいほか、厚生年金の加入率が低いなど老後の生活保障が見えにくい。氷河期世代には非正規の仕事を繰り返すうちに働くことを諦め、「無業」になった人も多い。今は家庭で吸収していても、年老いた親が支えきれなくなれば生活保護などが財政を圧迫する。それぞれの「自己責任」では片付けられない現実がすぐそこに迫っている。

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雇用奨励金などの施策はあるが…「若者向け中心、規模も不十分」

職歴などを明記する「ジョブカード」や企業への「トライアル雇用奨励金」など、国も非正規から正社員に移れるよう様々な手を打ってきた。ただ、労働政策研究・研修機構の高橋康二研究員は「若者向けの対策が中心で、規模も不十分だった」と指摘する。契約を何度も更新する雇用システムも非正規の期間を長引かせ、氷河期世代のキャリア形成を妨げてきた。

一方で、同機構の調査によると、35~44歳で非正規で働く人の半数近くは正社員として働いたことがある。それでも辞めてしまうのは、長時間労働やハラスメント、偽りの求人情報などが影響しているという。正社員として定着していくには、労働環境の改善も欠かせない。

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関連インタビュー■慶応義塾大学の樋口美雄教授の話「氷河期世代、『無業』も増加」

就職氷河期世代の今後を社会の中でどう考えていけばいいのか。労働経済学が専門の樋口美雄・慶応義塾大学教授に聞いた。
慶応義塾大学 樋口美雄教授

――就職氷河期世代の現状をどう見ていますか。

「バブルが崩壊してすぐ後の世代だと、もう卒業して20年くらいたっている。その人たちが不本意な非正規社員のまま残っている問題と、働くことを諦めて無業になってしまっているという問題がある。日本は非正規雇用が繰り返し更新され長期化しやすいのが特徴だ。なかなか正社員になれない、キャリアアップできないことなどが嫌になり無業になってしまう」

――日本の新卒一括採用の仕組みに問題があるとの意見があります。

「日本は学校を卒業したときの労働市場の状況で一生が大きく左右される。かつて非正規というのは、家計を補助的に支える主婦のパートが多かった。そのため、会社も簡単な仕事しか与えなかった。社会全体がそういう風潮だったので、非正規というのは問題視されていなかった。ところがその後、若者や世帯主も非正規になり、結婚できない、子どもが持てないという状況が出てきて、ようやく社会問題となってきた」

――バブル崩壊後の就職氷河期世代だけでなく、2008年のリーマン・ショックの後も企業は採用を絞りました。

「リーマン・ショックの落ち込みは大きかったが、そこから数年で景気が回復した。人手不足も出てきて、雇用を増やす企業も多い。第二新卒の採用も柔軟に広がっている。不本意な非正規社員が正社員に移るという現象も若い人では出てきている。一方で1990年代からの就職氷河期は長い間続いてしまった。1年以上、失業するとどうしても意欲を失っていく。早めの処方箋を打てたかどうかで違いが出たのだろう」

――無業となってしまった就職氷河期世代にはどのようなサポートが必要ですか。

「政府が掲げる『一億総活躍』の1つのターゲットはそこにある。これまでの行政は受け身で、ハローワークなどに来た人に対して様々なサポートをする形だった。これからは寄り添い型の支援が必要だ。例えば欧州ではNPOのような社会的企業が、自ら雇用を創り出している。1年くらいかけて朝礼からラジオ体操、あいさつの仕方まで教えるなど能力開発をする。そして最後はNPOなどが自ら雇用するという形だ」

――自己責任論もあります。

「日本では雇用は十分にあり、仕事に就けないのは本人の問題だという意識が強かった。一方、欧州は長い歴史の中で、社会的阻害(ソーシャル・エクスクルージョン)が失業や雇用に限らず社会的悪循環をもたらすという問題意識を持っている。そのため社会的包容力(ソーシャル・インクルージョン)に力を入れている。日本でも就職氷河期世代を放っておくと生活保護などの財政問題が生じる。そうした問題を認識する段階に入ってきている」

(福山絵里子)

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