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キャリアの原点

損失1100億円でも「やればできる」不屈の起業家精神 U-NEXT社長・USEN会長 宇野康秀氏(下)

2016/6/30

2000年春に正常化を終えると、社名をそれまでの「大阪有線放送」から「有線ブロードネットワークス」に変え、念願の光ファイバー事業へと乗り出した宇野康秀氏。01年のナスダック・ジャパン(現ジャスダック)上場後は、派手なM&A(合併・買収)を繰り返し、「ヒルズ族の兄貴」と呼ばれるように。だが、その直後にリーマン・ショックが株式市場を襲い、会社は存続の危機に陥ってしまう。

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社名を「有線ブロードネットワークス」から「USEN」へと変更したのは、05年3月のことでした。無料のブロードバンド放送サービス「Gyao」をスタートしたのも、同じ05年4月。

このまま順調に行くかな、と思っていたんです。でも、リーマン・ショックの直後から、資金繰りが急速に苦しくなっていきました。

08年8月期の決算で、USENは1100億円の損失を計上しました。銀行からは「即刻、赤字部門を切って債務を圧縮しなさい」と言われました。「ビデオ・オン・デマンドの事業なんて、うまくいくはずがないでしょう」とも。

財務状況が悪化した主な原因は、上場後にM&Aで取得した関連会社の株式の評価損を抱えてしまったことにあります。インターネットを通じて映像の配信サービスを普及させることに関しては10年来取り組んできたテーマでしたし、これから花開く分野だという確信もありました。

しばらく待ってもらえば持ち直せるだろうと思っていましたが、その頃は、いくら説明してもわかってはもらえませんでした。

■皇居を一周して「やればできる」と思った

U-NEXT社長・USEN会長 宇野康秀氏

同じ頃、皇居の周りを走るのがはやり始めていたんです。「社長も一緒に走りましょう」と、社員に誘われました。

最初は「皇居の周りなんか走って、いったい何が楽しいのかなあ」と半信半疑でした。だけど、そんなにみんなが気持ちいいって言うのなら一度くらいは走ってみようと思い、安い3000円くらいのスニーカーを買って、そのまま皇居へと向かったんです。

そしたら、全然、走れなくて(笑)。皇居の周りって約5キロメートルあるんです。もともとぜんそく持ちなので、運動はそんなに得意な方じゃない。2キロくらいでもう、ゼイゼイいっちゃって。引き返すのもしゃくだから、残り3キロ分をそのまま歩いてスタート地点に戻ろうと思いました。

歩いている間に、いろんなことを考えました。これから世の中、どんどん厳しくなるだろうなとか。自分もこれからもっと頑張らないといけないのに、こんなに体力がないのはまずいんじゃないだろうか、とか。

それまで睡眠時間3時間で、たばこを1日6箱くらい吸うような不健康な毎日を送っていましたから、多少は体を鍛えることもやらなくちゃなと思い、日を改めてもう一度、皇居の周りを走ってみたんです。

そしたら、今度は、なんとか1周を走りきることができた。「やればできるんだ」と思いました。

■「走ること」と「経営」はつながっている

私もそうですが、経営者なら誰でも、経営はそこそこ得意だと思っているはずなんです。半面、肉体を駆使してなにかやるということに関しては、自信がない人の方が多い。そういう人たちが、ちょっと頑張れば走れるようになる。できないと思っていたことが、できるようになる。

おそらくは、そのプロセスにはまっていくんでしょうね。

トライアスロンも同じですよ。楽しいのなんて、ほんの一瞬だけ。だけど、確実に自分が変わっていくのを実感できる。

いまどき、ゴルフのスコアで「90切ったよ」と言っても、社員は白けるだけだと思いますけれど、「トライアスロンで完走したよ」って言ったら、「社長、すごいですね」と言ってもらえる。それがおもしろいじゃないですか。

マラソンの練習をしている間は、仕事のことを考えていることの方が多いかもしれない。今度の役員会ではこんな話をしようとか、商談はこう進めようとか。走っている最中に、ものすごくいいアイデアを思いついたりもしますし。

経営を忘れるために走るというよりは、むしろ、つながっている感じです。

■結局は、努力不足ですよ

2010年にUSENの赤字部門を引き受ける形で動画配信の新会社、U-NEXTを立ち上げた際には、みんなに猛反対されました。「最初から300人も社員を引き連れて、ベンチャー経営なんてできるわけがないだろう」と。

だけど、私自身はこう思っていたんです。社員と一緒じゃなきゃ意味がないって。

当初はたしかに、月次1億円の赤字でした。けれど、300人のうち200人くらいは営業の人間でしたから、何を売っても自分たちの給料分くらいは稼げる見込みはありました。

社員全員を集めての決起会では、こんな話もしましたね。

「(USENに比べたら)この船はまだ小さくて、燃料も食料もたくさん詰めこめるわけじゃない。船は自分たちでこがなくちゃいけないし、食べるものも自分たちで調達してこないといけない。でも、自由だけはたっぷりある。かつてできなかったこともこの船でならできるし、行き先も自分たちで決められる。だから、頑張ろう」

生活は、当時も今も、あまり変わってはいません。ほぼ毎晩、仕事目的の会食です(笑)。

アポイントを取ると、みなさん、会って話を聞いてくださるのはありがたかったですね。無名のベンチャー経営者だったら、難しかったかもしれない。上場まで来れたのは、人材サービスのインテリジェンス時代から培ってきたいろんな財産があってのことだったな、と思っています。

■私たちはまだ「あの頃の経営者」に追いついていない

よく聞かれるんです。そうまでして、なぜ会社経営にこだわるのか、と。自分でも理由はよくわかりません。

1つだけ言えるのは、昭和の名経営者に比べたら、今のIT(情報技術)ベンチャーの連中なんて、まだまだ小粒だってことでしょう。全然、追いついていないと思いますよ。もしかすると、それが原動力になっているのかも。

国内市場がシュリンクして環境的には厳しくなっている部分もありますが、昔より楽になっている部分もあるはず。結局は努力不足ですよね、私自身も含めて。

宇野康秀氏(うの・やすひで)
1963年大阪府生まれ。88年明治学院大卒、旧リクルートコスモス入社。89年インテリジェンスを設立し、社長就任。98年、父・元忠氏の急逝に伴い、大阪有線放送の2代目社長に。社名を「有線ブロードネットワークス」に変え、2001年ナスダック・ジャパン(現ジャスダック)に上場。05年「USEN」に社名変更、無料のブロードバンド放送事業にも進出。10年USENグループ会長となり、「U-NEXT」を創業。14年12月東証マザーズ上場、15年12月、東証1部へ市場変更を果たす。

(ライター 曲沼美恵)

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