重大イベント、プロの投資家はこう備える(窪田真之)楽天証券経済研究所所長兼チーフ・ストラテジスト

「欧州連合(EU)離脱を巡る英国の国民投票という大きなイベントを控え、世界のマーケットが不安定になっている。イベント前はリスク管理上、リスク資産の割合をニュートラル(中立)にしておくことが大切だ」

英国による欧州連合(EU)離脱問題に世界中が神経質になっています。6月23日の国民投票で仮に離脱が決まると、英経済には深刻なダメージが及ぶと予想されます。マイナス影響は英だけでなく、欧州全体、さらに世界経済にも波及が見込まれ、離脱か残留かを巡り世界の株式市場は乱高下しています。このような重大イベントを目前に控え、投資家はどのように心の準備をしたらよいのでしょうか?

私は25年間、ファンドマネジャーとして重大イベントを何回もくぐり抜けてきました。そのときの経験をお話しします。私は10年以上続く長期投資の日本株ファンドを運用していました。長期投資ファンドのリスク管理としてイベント前にやっておくべきことは、イベント後の相場を予測して投機的ポジションを取ることではありませんでした。イベント前の自分のリスク資産の保有をニュートラル(中立)にしておくことが大切でした。ニュートラルとは短期的な相場変動に耐えて、長期的な投資を続けていける投資比率のことです。

多くのファンドはあらかじめ決められた資産配分の比率に基づいて運用しています。これを「基本ポートフォリオ」といいます。ニュートラルとは基本ポートフォリオで定められた比率通りになっている状態を指します。長期的な投資を前提とするニュートラルでは短期イベントでバタバタすることはありません。自分が選別した長期投資にふさわしいと思う銘柄をじっくり継続保有するだけです。日々企業の取材を続けて、保有銘柄が長期投資にふさわしい銘柄であることを確認することだけが大切でした。

ただし、ファンドの資産配分は常に基本ポートフォリオ通りにしておく必要はありません。ファンドマネジャーに運用の裁量が与えられているファンドでは、一定の範囲で基本ポートフォリオと異なるポジションを取ることが許容されます。短期的に日本株が上昇し続けると思えば、国内株の組み入れを基本ポートフォリオの40%から、一気に60%とすることもあります。それは、国内株を「オーバーウエート(基準以上の組み入れ)」にしている状態といえます。

私はニュートラルとオーバーウエートを使い分けていました。オーバーウエートで短期的な収益を上げることもファンドの運用成績を底上げするために重要だからです。こうした手法で1000億円を超える日本株を運用していました。

オーバーウエート時に相場の雲行きが怪しくなると、早めに売却して持ち高を減らすことが重要です。大きなイベントが近づいているときは、オーバーウエートからニュートラルポジションにするようにしていました。今回の英国民投票を控えた局面でも多くの機関投資家が株式の持ち高を落としたはずです。それが足元のマーケットの不安定な動きにつながったといえます。

ストラテジストになり、個人投資家の方とお話をしていて思うことは、多くの方が自分にとってのニュートラルポジションが何であるかが分かっていないということです。前回もそれぞれのリスク許容度に応じた資産配分の比率を決めて運用すべきと提言させていただきましたが、運用が上手な人は必ずしも相場予測が当たりまくる人ではありません。イベント前にきちんとリスクを管理している人です。

私は25年間の運用で大きな間違いをしないで済みました。機関投資家だったので幸いにして、何がニュートラルポジションか分かっていたからです。私は日本株が下げ局面であれば組み入れをニュートラルではなく、「アンダーウエート」(基準以下の組み入れ)にすることもありました。イベント通過後に、日本株が急騰するリスクを心配しながらなるべく株価が安いところで、ニュートラルに戻すことを考えました。

マーケットの先行きが不透明になると、個人投資家は保有株のすべてを売りたいと考えがちですが、そんな極端なことはプロはやっていません。そんなことをしても次の急騰局面に乗り遅れるのかもしれないのです。それよりもプロのようにいったんニュートラルやアンダーウエートに持ち高を落としつつ、次の局面に備えるのが賢明です。

今、英国の世論調査ではEU離脱派と残留派が僅差で競っています。先週、離脱派が優勢との見方が強まると一時は株安が加速しました。その後、残留を支持していた女性議員が離脱派とみられる男性に射殺されると、世論調査で残留派が盛り返し、一転して株高となりました。

過去の英国民投票では土壇場で「現状維持」に流れる層がいることが分かっており、離脱の可能性はやや低下しています。それでも、ふたを開けてみるまで結果はわかりません。どちらか一方の結果に賭けるような極端なポジションは取らないことをお勧めします。重大イベント前に、保有株をオーバーウエイトにしてイベント後に相場が下がったら困りますが、重大イベント前に、株をゼロにしてイベント後に急騰したときに株がまったくないというのも困るのです。

プロのポートフォリオは運用に精通したプロが独自の視点で個人投資家に語りかけるコラムです。原則火曜日掲載で、楽天証券経済研究所所長兼チーフ・ストラテジストの窪田真之氏とレオス・キャピタルワークス社長兼最高投資責任者(CIO)の藤野英人氏が交代で執筆します。
窪田 真之(くぼた・まさゆき) 楽天証券経済研究所所長兼チーフ・ストラテジスト。1961年生まれ。84年慶応義塾大学経済学部卒業後、住友銀行(現三井住友銀行)入行。87年住銀バンカース投資顧問(当時)に出向、日本株ファンドマネジャー兼アナリスト。90年住友銀行証券部海外業務開発プロジェクトチームに異動、91年ニューヨーク駐在。92年住銀投資顧問(当時)日本株ファンドマネジャー、99年大和住銀投信投資顧問日本株シニア・ファンドマネジャー、2014年2月楽天証券経済研究所チーフ・ストラテジスト。15年7月から所長兼務。大和住銀投信投資顧問では日本株の運用歴25年のファンドマネジャーとして活躍した。99年の運用開始から13年まで担当した「大和住銀日本バリュー株ファンド」(愛称「黒潮」)は長期に安定した成績で知られる。金融庁企業会計審議会の会計部会臨時委員も務める。著書に「投資脳を鍛える!株の実戦トレーニング」(日本経済新聞出版社)、「クイズ 会計がわかる70題」(中央経済社)など多数。
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