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かつて炭鉱の街として栄え、約12万人が暮らした北海道夕張市。10年前の2006年6月20日、353億円の巨額赤字をかかえて財政破綻を表明、人口は今や1万人を割り込んだ。鈴木直道市長(35)は財政再建にまい進する半面、「住民は幸せになったのか」と自問する。今年を「勝負の年」と覚悟を決め、再生計画の見直しに舵(かじ)を切る。

夕張破綻10年 年収300万円台の市長、次のキャリアは >>

「ミッション・インポッシブル」の返済計画

夕張市は、来年3月6日に自治体の「倒産」に等しい財政再建団体(法律の変更で10年から「財政再生団体」)に移行してから10年の節目を迎えます。そして、当時の後藤健二市長が破綻自治体への移行を表明してから、ちょうど今月で10年です。

北海道夕張市長の鈴木直道氏

北海道夕張市長の鈴木直道氏

夕張市は破綻した当時、353億円の赤字を18年間で返す計画を立てました。前年度末時点で予定通り95億円を返しています。かつて海外の記者に「この返済計画は『ミッション・インポッシブル(不可能な任務)』だ」と言われたことがあります。市税収入8億円の自治体が、いくら緊縮財政をしても無理な赤字だというのです。

夕張市の財政再生計画はトータルで20年。それまで、財政破綻した自治体は数多くありましたが、1975年以降、10年を超えて借金を返し続けた自治体はありません。

また、自治体が自分たちの裁量で使える財源の8倍もの金額をかかえて破綻したので、本来なら20年でも足りないほど、1年間あたりの返済額が重くなりました。前例のない長さであると同時に、借金の規模から見れば、前例のない短さでもあるのです。

この厳しい計画を進めたらどんなことがおきるのか、ある種壮大な「検証実験」だったといえるかもしれません。「支出は、命にかかわること以外は全部削れないか」というスタンスでしたから、削れるものは、すべて削りました。

もっとも大きかったのは職員の人件費です。260人いた市職員を半分以下の約100人に減らしました。市議会も議員数を18人から9人に減らし、報酬も40%カットしています。市民にも税はもちろんのこと、公共の施設の利用料も50%引き上げたり、水道料金も1.7倍に引き上げたりするなど、負担をお願いしました。厳しい緊縮財政の果てに、計画通り、ここまで借金を返すことができました。それでも、若い世代を中心に人口が3割減少するなど、大きな副作用に苦しむことになりました。

夕張市の破綻前、破綻後
最盛期破たん直前現在
人口※1116908人13268人9409人
小学校22校6校1校
中学校9校3校1校
市職員※2263人97人
軽自動車税7200円10800円
施設使用料50%引き上げ
下水道1470円2440円
ごみ処理1リットル2円
市長給与862000円259000円
職員給与(基本給)※3平均15%削減

※1)人口は、最盛期が1960年、破たん時が2006年3月31日時点、現在が2015年1月1日時点
※2)市職員数は22名が他自治体の派遣職員
※3)2009年度まで平均30%削減、2014年度まで平均20%削減

副作用、激しく 人口流出、高齢者率高く

今年3月、有識者を中心にした第三者による検討委員会に、夕張市の現状と再生に向けた報告書をまとめてもらいました。「例がないほどの規模で借金は返せているものの、緊縮財政一辺倒だと町の存続にかかわる」という指摘でした。

負担も大きいから、出て行ける人から町を出てしまう。「夕張市に住んでいる人の自己責任だ」という考え方もあると思いますが、住民の引っ越しは可能です。残された人は、さまざまな事情から夕張市を離れられない人ばかりです。事実、夕張市は全国でも、北海道の近隣と比較しても65歳以上の割合が非常に高いのです。

1983年に開園した歴史村遊園地。現在は解体されている(夕張市提供)

1983年に開園した歴史村遊園地。現在は解体されている(夕張市提供)

「借金返済を優先したあまり、必要な施策ができない」という認識が市民に広まってしまった。そのことが「この町にいても何も変わらない」という失望感を生み、人口流出が進みました。(報告書には)「今後も同様にやっていくと、地域社会が崩壊する」という厳しい言葉もありました。

(自治体の財政再建は)これまでどんなに長くても10年です。だから、前例のない10年目に突入する今年は、「財政の再建」だけではなく、地域の再生や人口の減少を食い止める施策をしっかり加速させ、新たな財政再生計画の抜本的な見直しを図ることが必要、というのが(今回の報告書が示した)大きな方向性だったのです。

切実な「次世代への投資」を希望する声

「住民基本台帳人口移動報告」(総務省統計局)を加工して作成

「住民基本台帳人口移動報告」(総務省統計局)を加工して作成

検討委員会は市民180人に意見を聞いています。不思議なことに、市民から「財政負担を軽減してほしい」「水道料金が高すぎるから安くしてほしい」というような、負担を軽くしてほしいという声はまったく出ませんでした。

その代わり、次世代への投資を求める声ばかりでした。私たちの子供やその先の世代に夕張市を残したいので、定住人口や交流人口が増える施策に投資してほしい、というのです。驚いたのは、市職員の職務改善を求める声が多かったことです。「市長の給料が7割カットのままは恥ずかしい」「市職員がどんどんやめていくので不安だ」。全国広しといえど、「職員の給料を上げてほしい」と住民が訴える自治体も珍しいのではないでしょうか。

不思議なもので、被災地もそうかもしれませんが、大きな課題ばかりがある現場には、課題の解決に自分の力が使えるんじゃないか、と寄り添う人たちが外から集まってきます。市民も今まで当たり前にあった行政のサービスが削られ、不自由な生活を強いられるうちに「自分たちでなんとかしなければ」「一緒にやる」という思いが強くなっていったように思います。

首相も背中を押した

第三者委員会から報告書をもらったその足で、高橋はるみ北海道知事と高市早苗総務相、菅義偉官房長官、石破茂地方創生相に提出しました。高市総務相は、「財政再生と地域再生の新たな段階に移行することをしっかり応援する」と、政治的な決断をしてくれました。これで、計画の抜本的な見直しをスタートできる。

計画を変更するには小さなものでも、すべて総務相や道知事の同意が要ります。これまで、小さなものでは31回変えたのですが、微修正でやれることはすべてやり尽くしてしまった。借金は引き続き返します。しかし、1年あたりの返済額が減っていき、様々な課題が解決する方向性が見えれば、もう「実態として破綻している自治体」という状況ではなくなるはずです。

ある種の見せしめのような、「夕張市みたいになったら困るんだよ」という象徴の役割は、もう勘弁してほしい。もう「実質的には破綻自治体ではないよね」という状況に、早くもっていかなければ。「日本の(自治体の)最低(水準)じゃなきゃいけない」という状況を終えて、これからは夕張市民にとって必要な施策はやらせてもらう、夕張市主導の仕組みづくりができれば、見せしめから卒業できると思います。

新しい計画は、市民の夢がつまっている

破綻から10年目の今年は、勝負の年です。計画の具体的な変更はこれからですが、安倍晋三首相も「抜本的な見直しが必要だ」と、背中を押してくれています。くしくも、夕張の破綻を決めたときの首相です。この再生計画を推進した人が、「やっぱりこのままじゃいけない」と決めたのは、政治家として、自分のやってきたことを否定することにもなる。大きな決断だったと思います。

映画の町として夕張市を打ち出していた(写真は2013年11月)

映画の町として夕張市を打ち出していた(写真は2013年11月)

夢を現実に変えられるかどうかが今年かかっている。だからこそみんなの期待値と、でてきた計画の乖離(かいり)がものすごくあれば、いよいよみんな絶望してしまう。「期待してほしい、絶対に計画を変えよう」と、私も背水の陣で話しています。それでダメなら、もう夕張市はダメです。とにかく一生懸命、実直に頑張ってきた人がきちんとどこかで報われる形をつくりたい。甘えではなく、みんな本当に苦労している。夕張市民も道民であり、国民です。計画の変更には市民の夢がつまっている。「あのとき大変だったけどよかったよね」って将来、言えるかどうかは今年決まると思っています。

みんなが描く夢は、100人いたら100人違うけれど、夕張市が好きだから残っている。その人たちがみんな夕張に残ってよかったといってくれること。これが今の私の夢です。

鈴木直道氏(すずき・なおみち)
1981年埼玉県生まれ。99年東京都入庁。働きながら法政大学の夜間課程で地方自治を学び、2004年に卒業。08年都庁から夕張市に派遣。10年都庁退職、11年夕張市長に当選、現在2期目。

(松本千恵)

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