安藤百福の即席ラーメン人生「ミスチルの歌詞みたい」国際教育支援NPO創業者、税所篤快さんが読む「安藤百福の履歴書」(上)

1956年から50年以上続く日本経済新聞朝刊文化面のコラム「私の履歴書」は、時代を代表する著名人が1カ月の連載で半生を語る。かつて書かれた「私の履歴書」を若い世代が読んだら、響く言葉はあるのだろうか。今回は日清食品の創業者、安藤百福さんの「私の履歴書」を、発展途上国の教育支援に取り組むNPO法人、eエデュケーション(東京・千代田)の創業者、税所篤快さんに読んでもらった。

(下)即席麺の祖に勇気づけられた“成すべきことを成す” >>

日清食品創業者 安藤百福氏

【安藤百福 あんどう・ももふく】1910年生まれ、台湾出身。幼い頃に両親を亡くし、呉服店を営む祖父母のもとで育つ。戦前、繊維関連の事業などで成功するが、理事長を務めた金融機関が経営破綻、財産を失う。失意の中で48年、日清食品の前身である中交総社を設立。世界初の即席麺「チキンラーメン」を58年に開発、71年にカップ麺「カップヌードル」を発売するなど、同社を業界最大手に育てた。2007年に96歳で死去。

【税所篤快 さいしょ・あつよし】1989年生まれ、東京都出身。2014年早稲田大学教育学部卒。在学中の20歳の時にバングラデシュで映像授業を使った「eエデュケーションプロジェクト」をスタート。同国の最難関、ダッカ大に5年連続で合格者を輩出する。11年、世界経済フォーラム(ダボス会議)の若手リーダー「GSC」に選ばれる。現在、5大陸での「教育革命」をスローガンに7カ国で活動中。近著に「若者が社会を動かすために」(ベスト新書)。

貧しさに苦しむ人々を救うためには…

――私の履歴書から
終戦から1年余りを過ぎても街にはうつろな目をした飢餓状態の人があふれ、亡くなったばかりの餓死者が道端にうずくまっていることもあった。
「やはり食が大事なんだ」と思った。「衣食住というが、食がなければ衣も住も、芸術も文化もあったものではない」
戦後の復興にまず何をすればよいか。結論は明らかだった。私は36歳になっていたが、この時、すべての仕事をなげうって「食」に転向する決意を固めた。
(安藤百福「私の履歴書」第7回)
eエデュケーションの税所篤快さん

僕たちの世代にとって、カップラーメン(即席めん)は子供の時から当たり前にあるものでした。だからこそ、つくるまでの長い苦労に驚きました。

貧困層向けの小口融資(マイクロファイナンス)の先駆け、バングラデシュのグラミン銀行をご存じでしょうか。僕はその創設者で、2006年にノーベル平和賞を受賞したムハマド・ユヌス博士にあこがれ、早大の友人たちと一緒にグラミン銀のインターンシップ(就業体験)に参加しました。

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