
「睡眠薬を減らすととたんに眠れなくなる」など睡眠薬をやめられないという悩みをよく聞く。そんな体験を繰り返すうちに、睡眠薬の依存症(薬物依存)になってしまったのではないかと心配して睡眠障害外来を受診する方が後を絶たない。
薬物依存の危険性が少ない安全な薬も登場してきたのに、ナゼ睡眠薬はやめにくいのか、前回はそのメカニズムについてご紹介した。興味のある方はぜひお読みいただきたい。
今回は対策編として、安全、着実に睡眠薬ばなれをするにはどうしたらよいか、具体的な方法をご紹介したい。

ただし、注意点が1つある。自分一人で勝手に減薬にチャレンジしないこと。特に禁断症状の出やすい古いタイプの睡眠薬を服用している場合には、慎重に減薬を行わないと危険な場合もある。睡眠薬の知識があるドクターであればこれから紹介する減薬方法は知っているので、主治医に相談して正しい手順で行っていただきたい。患者さん自身にもその知識を共有して欲しいと考え、ご紹介する次第である。
前回の話も踏まえて、減薬のコツを4つのステップで解説する。

(1)8時間ではなく、「ほどほど眠る」でOK
当たり前のことだが、睡眠薬をやめるにはまず不眠症を治しておく必要がある。そのためには処方された睡眠薬を正しく服用してほしい。むやみに怖がったり、自己判断で減量や増量をしては効果も十分に引き出せない。よく眠れたという体験を積み重ねることが再発のリスクを低下させるため、効果を実感するのであれば「アロマ」でも「眠れるCD」でも何でも、薬以外の助けを借りてもよい。
ここで大事なポイントは、「不眠症が治った」かをどう判断するかだ。お分かりだろうか。不眠症が治るとは不眠が完全に消えて、朝までグッスリ眠れるようになることだと考えている人が多いが、少し違う。
不眠が全て消えてくれればそれに越したことはないが、それが可能なのは比較的若い患者さんの場合である。睡眠薬をよく使う中高年の場合には夜中に一度や二度の目覚め(ウツラウツラ)が残ることが少なくない。実際、同じような中途覚醒があっても「年のせいだから」と気にせず元気に生活している同年代の人はたくさんいる。
不眠が完全に消えなくても、日中の眠気や疲労感、イライラなど不眠絡みの体調不良が改善し、元気に過ごせる時期が2、3カ月以上続いていれば不眠症が治ったと考えてよい。「夜よりも昼間の調子」が判断の基準である。
60歳以上のリタイア世代になると睡眠の質が落ちてくるため、若い頃のように8時間グッスリ眠ることは基本的にできない。「あの頃は良かった」という発想にしがみついている限り睡眠薬ばなれは難しい。「ほどほど寝れば良い」という開き直りが減薬の前提となる。
(2)一時的な悪化は既定路線。断薬恐怖を乗り越える
ほんの少し睡眠薬を減らしただけで不眠がぶり返すことがある。たとえ依存性の低い睡眠薬であっても、だ。減薬後の不眠は禁断症状のこともあるが、前回も述べたように「今晩から薬が減る」という不安感から生じていることがとても多いのである。すなわち「禁断症状もどき」であり、別名「心理的不眠」とも呼ばれる(図)。

不安や緊張があると目が冴えるのは当たり前なのであって、減薬にチャレンジした当初は眠りの質が一時的に悪化するのは既定路線と開き直って受け止めてほしい。幸いなことに、新しいタイプの睡眠薬であれば比較的短期間(数日から1週間程度)で眠りは安定してくる。
本当に開き直りだけで睡眠薬を減らせるのか? と心配顔のあなたに、とても心強い(?)治験の「失敗例」を紹介しよう。
何年か前になるが、依存性の懸念が少ない期待の睡眠薬が開発された。製薬会社はその新薬を「他の睡眠薬を減らすのに使えるのではないか」と考えた。安全性の高い睡眠薬にスムーズに置換できるなら、患者さんや多くのドクターが選んでくれること間違いなし!
そこで企画されたのは、すでに睡眠薬を長期服用している患者さんにお願いして一時的に新薬を追加服用してもらい、前から服用している睡眠薬を徐々に減量するという計画だ。首尾良く新薬に置換できれば、その後も長めに服用してもらえるだろうという皮算用があったようだ。
この治験でも、セオリー通りに、新薬もしくは偽薬を追加服用する2つの患者グループに分け、それぞれのグループにおける減薬率(前の睡眠薬を何%減らせたか)を比較するという方法がとられた。製薬会社としては当然、治療効果のある新薬を追加していたグループの方が偽薬よりも減薬率が高いだろうと期待していた。
結果はというと、どちらのグループも非常に減薬率が高く、新薬と偽薬の間で差はなかった……。治験としては「失敗」だが、患者さんにとっては福音と言えるのではないか。「新しい睡眠薬を服用している(かもしれない)」という安心感だけで、それまで服用していた睡眠薬が容易に減量できることが示されたのだから。
ただし残念なことに、医療現場では偽薬を処方することができないため、この方法は診療では使えない。処方できたとしても、お薬手帳に「偽薬」と書いてあるのを見ただけで、この魔法は解けてしまう。
でも、心理的な安心感が断薬達成の大きなポイントであることだけはお分かりいただけると思う。減薬を始めたとたんに眠りの質が悪くなったとしても、「これ、禁断症状もどき、かも」と意識できたら断眠恐怖の克服までもう少し、である。
(3)急がば回れ。ゆっくり安全に漸減する
減薬成功の秘訣は「急がば回れ」。テンポよく減量したい気持ちは分かるが、急な減薬は「ホンモノの」禁断症状の原因となる。そうなると、不眠だけでなく、不安感や動悸や寝汗、めまいなど苦しい症状が一挙に出現することもあるので要注意。
禁断症状を避けるには、睡眠薬を1/2錠ずつ、心配であれば1/4錠ずつゆっくり減薬するのが一番確実な方法だ。いったん減らしたら最低でも2週間、できれば4週間は同じ量を続ける。幅広の階段を時間をかけて降りるイメージである。
ゆっくり減薬しても減薬後の一時的な睡眠の質の低下は出てきてしまう。それをしっかり乗り越えてから次のステップに進むと失敗が少ない。ワンステップ乗り越えるごとに眠る自信がついてくる。先にも書いたように、数日から1週間で不眠のさざ波は収まってくる。
減薬をする際に、睡眠の質を高める睡眠習慣を身につけておけば休薬の成功率が高まる。「寝てはいけない時間に眠る人々、その傾向と対策」なども参考にしてほしい。拙著『レコーディング快眠法』では細かいノウハウも紹介している。
うまく減薬が進んだのに、最後に残った1/4錠がやめられないという人もいる。もう薬理学的には休薬したのも同然なのだが、なぜかゼロにできない。これも「禁断症状もどき」である。このようなとき、私は次のようにアドバイスすることにしている。
「最後のひとかけら、続けてもいいんじゃない?」
「枕元に置いて、眠りにくいときは迷わず飲んでもいいですよ」
絶対やめると気負うから眠れなくなるのである。「たまに服用する程度なら問題なし」、「寝つけなかったらすぐ服用しよう」と開き直ると、あーら不思議、いつの間にか眠れるようになる人も多い。
また、完全に休薬できなくても、少量を長期に服用して日中元気に過ごすという選択肢もある。特に、生活習慣病やうつ病など、ぐっすり眠ることが治療に大切な持病がある場合には無理に減薬する必要はない。
睡眠薬依存になったと誤解して悩み、減薬を諦めてしまう患者さんが数多くいる。「睡眠薬はすぐに依存症になる」、「いったん服用したら一生やめられない」など患者さんの不安をあおるような報道やネット上のカキコミをよく見かける。最近の睡眠薬はそんな怖いクスリではない。正しく使って不眠が治れば断薬も可能。「治療の出口」はちゃんと用意されている。イイ距離感を保ってうまく活用していただきたい。

1963年、秋田県生まれ。医学博士。国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所精神生理研究部部長。1987年、秋田大学医学部医学科卒業。同大精神科学講座講師、同助教授、2002年米国バージニア大学時間生物学研究センター研究員、米国スタンフォード大学医学部睡眠研究センター客員准教授を経て、2006年6月より現職。日本睡眠学会理事、日本時間生物学会理事、日本生物学的精神医学会評議員、JAXAの宇宙医学研究シナリオワーキンググループ委員なども務めている。これまで睡眠薬の臨床試験ガイドライン、同適正使用と休薬ガイドライン、睡眠障害の病態研究などに関する厚生労働省研究班の主任研究者を歴任。『8時間睡眠のウソ。日本人の眠り、8つの新常識』(川端裕人氏と共著、日経BP社)、『睡眠薬の適正使用・休薬ガイドライン』(編著、じほう)などの著書がある。
(日経ナショナル ジオグラフィック社)
[Webナショジオ 2016年5月26日付の記事を再構成]