オリパラ機に変えたい「支え」の構図渡辺一利スポーツボランティアネット副理事長(編集長インタビュー)

インタビューに答える渡辺一利・日本スポーツボランティアネットワーク副理事長
インタビューに答える渡辺一利・日本スポーツボランティアネットワーク副理事長

2020年のオリンピック・パラリンピック東京大会では8万人ともされるボランティアが大会運営を支える。NPO法人日本スポーツボランティアネットワーク(JSVN)の渡辺一利副理事長(52)は、その活躍の場は大会を機に飛躍的に拡大すると予測する。単なるスポーツイベントの運営にとどまらず、少子高齢化など日本が抱える課題についても、ボランティアの「支え」の構図に変化が訪れると考えている。

■スポーツボランティア「やりたい」14~15%

――スポーツボランティアとはどのような活動でしょうか。

マラソン大会で完走メダルをかけたり、レース途中の給水や会場整理などに携わったりする活動がわかりやすいでしょうか。国際大会ならば通訳ボランティアも必要ですし、地域のスポーツ少年団の指導者や会場までの送迎なども含まれます。

当ネットの母体でもある笹川スポーツ財団が1992年から日本のスポーツボランティアの実態調査をしてきました。成人の実施率はあまり変わらず7~8%で推移している。一方でボランティアをやりたいという人はほぼ倍の14~15%。希望者の半分が参加しているというのが実情です。

――ネットワークにはどのくらいの人数が参加しているのでしょう。

全国のボランティア組織のマッチングがレガシーとなり得る

入門編、リーダー、上級リーダー、コーディネーターの4階層があり、ライセンスを取得している人は1921人、データベースに登録している人が約2800人います。育成プログラムを共有化して、全国の同様の団体と同じような研修会を展開しています。私も少年時代、スポーツ少年団などで別チーム同士の試合を手伝うようなことがあったが、当時はボランティアという概念がなかった。こうした調査をすると「それもボランティアなんだ」ということが認識される補足的な効果もあります。

今後高齢化が進むと社会保障費の増大は避けられない。お年寄りが心身ともに健康であるためには、食事と栄養、運動とともに社会参加・交流が必要といわれている。スポーツボランティアに参加すると、いろいろな人との交流が生まれ、社会保障費の抑制につながります。

地域スポーツの分野でも、70歳で競技団体の役員を定年になった後、名誉職的な肩書で残る人が多い。地域の中で自分が社会参加できるポジションを持つことは心身の健康度を高めるために大切なことだと思います。災害や福祉などボランティアの活動の場はあるが、スポーツは肩肘張らずにできる範囲で楽しむことができ、一番参加しやすい分野だと思います。

■東京マラソン運営でスポーツイベントのノウハウ習得

――設立のきっかけは東京マラソンだったそうですね。

07年に始まった東京マラソンは今年で10回を数えました。約1万人のボランティアが活躍するのですが、最初の3年間担当したのが笹川スポーツ財団でした。目標のひとつだった「障害者と健常者が一緒に走れるマラソン大会」を実現し、4年目以降は東京マラソン財団が設立されたこともあり、こちらにバトンタッチしました。

ただ、その過程で日本の中にスポーツボランティアを文化として醸成する必要があると考えた。スポーツの三大要素である「する」「見る」「支える」のうち「支える」の部分をしっかり形成しなければならない。東京という局所的な話ではなく、全国の仲間とネットワークをつくり共有する必要性を感じ、財団からスピンアウトしてJSVNを設立しました。全国各地の組織のマッチングを進める活動そのものが、東京マラソンのレガシー(遺産)です。

――スポーツボランティアは知名度がまだ十分でないようです。

まだまだ向上しなければならない。ホームページを持っている同種団体は約150。こうした団体とネットワークを結びながら活動を進め、点を線に、線を面にしながら日本全体で周知して、生活の中に溶け込ませるのがこれからのミッションだと思います。

東京大会まであと4年。8万人のボランティアを協調させることができるか不安視する声もあるが、それほど心配していない。五輪のパートナー企業のNECや東京海上日動、富士通などから「うちの社員にもボランティア研修を受けさせたい」という要請が来ている。イメージアップと企業の社会的責任(CSR)が結びついているので、パラリンピックやボランティアというのは、企業としてもなじみやすい。

様々な競技団体もある。日本陸連や日本バレーボール協会など都道府県協会や市町村支部がある組織もある。オリパラというのはブランドで、そうした組織も大会運営のボランティアとして関わりたいと考えている。バレーなら体育館、陸上だったら競技場など。こうした競技団体の人の意欲を聞くと、20年に向けた構図がうっすらと見えてくる。

――東京大会後の活動はどのように描いていますか。

「スポーツボランティアを文化にしよう」と活動してきたので、大会後が大切です。オリパラ開催は東京とその周辺ですが、局所的なものに終わらせては日本のレガシーとはいえない。1964年の大会を振り返っても、スポーツ少年団やPTAバレーボールは全国で展開したムーブメントだった。今回の東京大会をいい意味で起爆剤にしたい。スポーツボランティアのネットワーク醸成は東京大会のレガシーの一つになると思います。

オリパラの熱が冷め切らないうちに地域に還元できるルートを作る。地域のスポーツイベントにボランティアとして関わって、人と交流することで達成感や満足感を得て心を豊かにしてもらう。そういった活動をできるだけ日常化し、最終的にはスポーツ以外のボランティアに広げてもらえればいいと考えている。社会福祉や環境保護、教育支援、災害時には支援救援といった活動につながっていくことが理想です。

――普及へ具体的な目標はありますか。

2020年には3万人近い登録スポーツボランティアを送り出したい

私見ですが、スポーツボランティア実施率を現在の倍の15~16%に持っていきたい。これは20年までには難しいので、東京大会を追い風に25年ごろまでに実現したいというのが個人的な願望です。すると、参加希望率も実施率の倍になり、倍々でアップできるようなネットワークが構築できれば理想だ。

笹川スポーツ財団にはチャレンジデーという事業があり、5月の最終水曜日に1日15分以上の運動をして、実施率を各市町村に競ってもらっている。全国で128の自治体が参加しており、1日で290万人が運動している計算となる。人口11万人の東京都昭島市で85%が参加するなど、人口10万人を超える自治体でも8~9割が運動に参加するケースが複数ある。

これはしかけがうまくいかないと機能しない。首長がトップとなる実行委員会があり、議会議長や教育長のほか、体育協会、青年会議所や商工会、町内会や自治会まで様々な団体が参加して初めて実施できる。

■ボランティア育成のカギは地域の土壌づくり

――スポーツは有効な触媒となりますか。

「する」「見る」「支える」は1人の中でうまく好循環する。例えば東京マラソンで昨年は走ったけれど、今年は抽選に外れるということが結構ある。次回は応援に回るか、競技を支えてもらった感謝から「ボランティアをやってみようか」というケースも結構多いことは運営に関わっていたので分かっている。

スポーツボランティアの底辺拡大は少子高齢化や地方の過疎化対策とも密接に関わってくる。今後、健康長寿社会を実現するためには、地方自治体にそうした土壌をつくることがカギとなる。人と組織、行政と民間が一体になって地域コミュニティーを支えることでソーシャルキャピタル(社会資本)となる。

――現在のボランティア登録2800人は東京大会では何人くらいに拡大しますか。

個人的な思いですが、20年までに10倍にしたい。オリパラ東京大会を控え、日々環境は大きく変わっている。巨大企業が参加の意思を表明しただけで規模が拡大し変化のスピードも変わる。オールジャパンで地域の土壌作りをする。それによってスポーツ実施率も高まり、健康寿命が延び、医療介護費の抑制にまでつながる。そうした場所でスポーツボランティアが活躍する機会も増えてくる。そういう社会を私はずっとつくりたいと思っています。

わたなべ・かずとし 1963年千葉県生まれ。早稲田大学卒業後、日本財団に勤務。主に経営企画業務を担い、組織経営論を実践で学ぶ。日本スポーツボランティアネットワークの設立に尽力、理事を経て2016年副理事長。笹川スポーツ財団常務理事を経て13年専務理事。

敷居の低さ生かし底辺拡大目指す(編集長から)

様々なボランティア活動の中で、最も参加の敷居が低いのがスポーツ分野というのが、同ネットの主張だ。休日に多摩川などの河川敷を歩くと、途切れることのないほどの少年野球の練習風景を見かける。こうしたチームの指導者は日本が培ってきた独特のスポーツボランティアの歴史ともいえる。

ただ、競技ごとに分かれていたボランティアの流れは統合することなく、トータルの文化まで醸成されてはいなかった。転機は東京マラソンを始めとした空前のランニングブームだろう。年間2000回ともいわれるマラソン大会では、42.195キロメートルにわたってランナーを支えるボランティアが欠かせない。給水や会場整理、救護など様々な役割のために大量動員が必要で、スタッフの募集から研修、配置、当日のオペレーションまでシステム化されてきた。

2020年の東京大会で日本のスポーツイベントのボランティアシステムは集大成を迎える。国を挙げたスポーツの祭典への高揚感が参加への敷居を下げ、海外からの選手や通訳、観客を受け入れる8万人の「支え」が新しいボランティア像を生み出すことを期待したい。

1964年大会前後の高度経済成長を実現した日本は、家庭を顧みずに働くモーレツサラリーマンという負のレガシーも生んだ。成熟社会の今、彼らは定年となり、家庭や地域で居場所を失ったまま孤立することが懸念されている。ほぼ半世紀が経過して戻ってくるオリパラは、彼らを地域社会に戻すきっかけになるかもしれない。

(オリパラ編集長 和佐徹哉)