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産後ケア、仕事復帰スムーズに

2016/6/14 日本経済新聞 夕刊

産後間もない母子がゆったりと過ごせる施設が増えている(東京都港区のとよくら産後ケアハウス)

出産直後の女性が疲れた心と体を整えるための「産後ケア」が広がっている。助産師が常駐し、宿泊できる産後院が増えているほか、産後ケアの専門家を自宅に派遣するサービスも登場。産後の疲労と不安感などから陥りやすい鬱状態を防ぎ、仕事へのスムーズな復帰を促す効果に期待が集まっている。

「1カ月で仕事に復帰したかったので、できる限り体を休めたかった」。2月に出産した歯科医師の女性(39)は退院後、産後院「とよくら産後ケアハウス」(東京・港)に2泊した。助産師が24時間常駐し、母乳の与え方や風呂の入れ方など育児全般を手伝ってくれる。女性は「夜泣きしたら預かってもらえ、睡眠時間が取れた」と振り返る。

代表で助産師の豊倉節子さんは「産科医が減り大病院に出産が集中、入院日数は短くなっている」と指摘。出産直後で疲れ切った女性が「帰宅したとたん育児や家事で動きまわるのは大変。実家のように、いつでも手助けしてくれる存在が必要」と4年前に施設を開いた。個室が全4室。3食の食事付きで、利用料は日帰りが2万円、1泊2日は6万4800円。

こういった産後院は一般的に高額で利用は一部に限られていた。昨年以降、助成金を出す自治体が増え、比較的安く利用できるようになりつつある。東京都中野区は昨年12月から、この施設のほか、「松が丘助産院」(同・中野)、「八千代助産院おとわバース」(同・文京)を産後ケア事業の対象施設に選んだ。区民は1日あたり、料金の1割負担で最大5日間使える。

同江東区も6月から、診療所と助産院を兼ねた施設「東峯サライ」(同・江東)の利用を助成対象とした。2泊3日までで、区民の負担は2割。医師が常駐、貧血や目まいなど産後に起きやすい症状にも対処する。山梨県内にも今年1月に宿泊型の「産前産後ケアセンター」(笛吹市)がオープン。県と市町村が利用料を約8割負担する。日本産後ケア協会(東京・千代田)によると、同様の施設は全国で105カ所。「この2~3年、産婦人科や助産院が併設することが増えた」(大久保ともみ代表理事)

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同協会は「産後ケアリスト」の育成を14年から開始。子育て経験のある女性らが、産後の女性の自宅を訪ねて悩みを聞いたり、保育園の空き情報を収集したりする。「助産師の数は限られ、産後の母親の生活面まで支えるには人手不足」と大久保代表理事。ケアリストは心の不調にも寄り添い、問題があれば臨床心理士につなぐ。

さらに、自宅で家事や育児を手伝ってもらえる「産後ドゥーラ」サービスも広がりつつある。料金は1時間2000円からと比較的低価格で利用できる。12年以降、ドゥーラ協会(同・千代田)が養成を始め約200人が活動中。

都内で働く女性(36)は第2子の出産から1カ月半、週に1、2回ドゥーラを利用した。食事作りなどを任せて自宅で休めたことで「余裕を持って上の子とも触れあえるなど早い段階で生活のリズムを作れ、職場復帰後のイメージがわいた」と話す。ドゥーラ協会の宗祥子代表は「産後の女性の心身の回復が順調なら、子どもも元気に育ち、職場復帰後も安心して働ける。妊娠中から産後のケアについて考えておくことが大切」と指摘する。

フィンランドの子育て支援施設「ネウボラ」を参考にした動きも始まった。産前から就学するまで、切れ目なくサポートする。新潟県長岡市は母子手帳の発行時に助産師や保健師が妊婦に不安ごとを尋ね、出産時や産後にもチェックする。昨年6月に専門家が常駐する産後デイケアルームを開設。「話を聞いてもらえて重荷が取れた」などの声が市に寄せられているという。

産後ケアが着目されるのは、これまで見過ごされてきた問題が社会化してきているからだ。産後女性のための体操教室を開くNPO法人のマドレボニータ(東京・杉並)の吉田紫磨子さんは「産後鬱、乳児虐待、産後クライシス」の3つを挙げる。

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一人で育児を抱えこむ「孤育て」に陥り、泣きやまない乳児を虐待する、育児に参加しない夫への不満から離婚に至るなどだ。厚生労働省の調査では、産後1カ月の女性の約1割に鬱の疑いがあった。マドレボニータが107人の母親に尋ねた調査では約8割が「鬱だった」「鬱の一歩手前だった」と答えた。

吉田さんは「産後8週間までは養生が必要。その後は体力を回復させるリハビリ期」と話す。14年度の女性の育児休業の取得率は86.6%と04年度調査より16ポイント上昇。出産後に職場復帰を果たすためにも「専門家の手も借りて、育休中にきちんとケアに取り組む必要がある」という。

同NPOの調査では、エクササイズ教室を受講した1481人のうち、9割以上が「社会復帰に意欲が湧いた」と回答。同じ子育て中の女性と交流したり、体を動かしたりすることで心身が充実し、仕事への意欲が高められたと分析する。

中国や台湾、韓国では産後院は一般的。地方の産科医不足で里帰り出産できない人も増える中、産後女性の負担や不安を減らすため、他人の手を借りたケアを見直す時期にきている。

(関優子)

〔日本経済新聞2016年6月14日付〕

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