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池上彰のやさしい経済学

リカードが発見した貿易の大原理 「比較優位」 著者が解説~池上彰氏(7)

2016/7/2

リカードが発見した貿易の大原理 「比較優位」
~自国の得意とする生産に特化し、それ以外は貿易によって賄う~

今回は国際貿易のあり方について考えます。いま日本では、TPP参加が大きな議論となっています。でも、私たちはなぜ、ほかの国々と貿易をするのでしょうか。TPPを理解するために、まずはそもそも国際貿易は何のためにするのかということを、経済学的に考えていきます。

国際貿易において、非常に大事な概念があります。それは「比較優位」という考え方です。これはイギリスの経済学者デヴィッド・リカードが発見した、貿易の大原理です。それ以来、国際貿易というのは世界の常識になりました。リカードはアダム・スミスの『国富論』に影響を受け、自由貿易を唱えました。2国間で貿易をすると、実は両方の国にとって非常にいいことがある、ということを発見したんですね。どういうことでしょうか。次の例で見ていきましょう。

まず、A国とB国がそれぞれ労働者200人で、小麦と自動車を生産するとします。まず小麦について、A国は労働者100人で生産量が1000、一方B国は、同じ労働者100人で生産量は900です。全体の小麦の生産量は、合計1900です。次に自動車ですが、A国は労働者100人で生産量が500、B国は労働者100人で生産量が300です。全体の自動車の生産量は、合計800です。A国は、小麦も自動車もB国より絶対的に生産効率がよいですよね。これを絶対優位と言います。

上記のように、生産力は小麦も自動車もA国のほうがB国よりも絶対的に優位ですが、相対的に見るとどうでしょうか。小麦はA国が1000、B国が900なので、B国はA国の9割の生産があります。一方、自動車はA国が500、B国が300ですから、B国はA国の6割の生産しかありません。このように相対的に見れば、B国はA国に対し、小麦生産のほうが優位だということがわかります。

そこで、A国とB国がそれぞれ得意分野に専念して、それ以外のものは相手国から輸入しようと考えたとします。A国は200人の労働者のうち、生産性の高い自動車に180人、小麦に20人注ぎ込み、自動車900、小麦200を生産できるようになりました。一方、B国は相対的に優位な小麦の生産に特化し、労働者200人全部を小麦の生産に注ぎ込み、小麦1800を生産できるようになりました。A国とB国の生産量を合計は小麦2000、自動車900となり、先ほどよりも小麦、自動車ともに全体の生産量が増えました。

A国はどちらの生産量も絶対的に多いのだから、小麦も自動車も自国で生産して賄えばいいじゃないかと思いますよね。でも、B国が相対的に優位なものの生産を行って、A国、B国それぞれが自国の得意とするものの生産に特化し、他は貿易によって賄うことで、より多くのものを得ることができる、全体の利益が高まる。これが、国際貿易は双方にとって利益があるという経済理論です。

世界大恐慌をきっかけに、自由貿易促進の取り組みが行われた
~GATT、WTOの発足と自由な貿易協定締結の広がり~

貿易をすることは双方にとって有益であることがわかり、19世紀以降、国際貿易が活発に行われるようになりました。ところが1929年に世界大恐慌が起こります。この時、自国の産業を守るために輸入をストップしたり、輸入品に高い関税をかけるということが各国で行われました。そのため国際貿易がほとんど行われなくなり、かえって不況が深刻となり恐慌が広がるという事態に陥ってしまいました。その反省から、第二次世界大戦後、自由貿易に向けたさまざまな取り組みが行われます。

まず1948年にGATT(関税および貿易に関する一般協定)が発足します。これは輸入品にかかる関税や輸出入規制などの貿易障壁を多国間の交渉によって取り除き、自由貿易を堅持しようとするものでした。やがてこのGATTをもっと強い縛りのある国際機関にしようということになり、95年、WTO(世界貿易機関)に発展しました。

2011年末現在、153の国と地域がWTOに加盟しています。加盟をすれば、自国で勝手なことはできなくなり、WTOのルールに従うことになります。

WTOの国際会議では、さまざまな貿易のルールを決めることになっていますが、153もの国が一緒に会議をするので、とても時間がかかります。そこでWTOとは別に、気心が知れている仲のよい国同士でルールを決めようという動きが次第に広がっていきます。これがFTAやEPAと呼ばれるものです。

FTA(自由貿易協定)は、特定の国や地域間でもの(商品)にかかる関税をなくしたり、サービスの提供を認めるものです。国際的なサービスというと、たとえば金融機関があります。外国の保険会社が日本国内で生命保険や損害保険、火災保険を売ることを認めるということです。

EPA(経済連携協定)は、FTAよりさらに幅広い協定です。たとえば投資規制の撤廃があります。外国の企業が日本企業を買収するなど、自由に投資をできるようにするものです。さらに、人的交流の拡大もあります。簡単に言えば出稼ぎ労働者です。

日本はASEAN(東南アジア諸国連合)とEPAを結んでおり、介護や医療の現場では、東南アジアから多くの外国人労働者がやって来て、介護士見習いや看護師の研修生として働いています。このほか、スイス、インド、メキシコ、ペルー、チリともEPAを結んでいます。主に工業国と協定を結び、日本の農家が困らないようにしています。

なぜ日本はTPP参加へ向けて動き出したのか?
~FTA締結を急速に増やす韓国の動きが日本を焦らせた

TPPは、Trans-Pacific Partnershipの略です。transというのは「環」という意味ですから、太平洋を取り巻く国々が戦略的に経済の連携をしていきましょう、つまり関税をなくしていきましょう、ということです。また、関税だけでなく金融商品も自由に売買できる関係をつくろうという話も進んでいます。

当初は、シンガポール、ブルネイ、チリ、ニュージーランドの4カ国だけで始まりました。シンガポールは工業が盛んです。ブルネイは石油、天然ガスが大量に出る国で、チリとニュージーランドは農業国です。この4カ国で関税を全部自由にすれば、お互いにとって非常にいいよね、ということでTPPは始まりました。これに目を付けたのがアメリカ、オーストラリア、ベトナム、マレーシアといった国々です。自分たちも参加したいと、一挙に交渉することになります。この状況を見て、日本は慌てました。こういう国々でどんどん関税を自由にしていくことになったら、日本は立ち後れてしまうのではないか、それなら日本も入ったほうがよいのではないか、という議論になったのです。

いけがみ・あきら ジャーナリスト。東京工業大学特命教授。1950年(昭25年)生まれ。73年にNHKに記者として入局。94年から11年間「週刊こどもニュース」担当。2005年に独立。主な著書に「池上彰のやさしい経済学」(日本経済新聞出版社)ほか多数。長野県出身。

なぜ、日本は参加に向けて動き出したのでしょうか。実は韓国がすごい勢いでFTAを増やしていることが関係しています。韓国ではTPPに参加する動きはありません。すでにそれぞれの国と個別にFTAを結んでいるので、わざわざTPPに参加しなくてもよいのです。日本よりも韓国のほうが、一歩も二歩も進んでいるのです。

韓国は、アメリカやEUともFTAを結んでいます。アメリカとは2007年に締結し、12年3月に発効しました。アメリカにおける日本と韓国の関税を比較してみると、日本の普通の自動車には2.5%、トラックにはなんと25%もの関税がかかるのに対し、韓国の自動車は、5年後に関税が完全に撤廃されます。サムスンやLGのテレビなどの電気製品も同じです。そもそも自動車も電気製品も、韓国製のほうが日本よりずっと安いのに、そのうえ日本製品に関税がかかる。どちらが勝つかは火を見るより明らかです。

いまアメリカに置いてあるテレビは、かつて日本製だったものがサムスンかLGになっています。ヨーロッパでもそうです。このままでは、日本は韓国に負けてしまう、これは大変だということになって、日本政府が大慌てをしてTPPに参加しようとしているのです。

今回の記事の内容をもっと読みたい人は、書籍『池上彰のやさしい経済学 1しくみがわかる』で詳しく解説しています。ぜひ手に取ってご覧ください。書籍では、イラストや図解、用語解説が豊富に掲載されており、ひと目でわかる工夫が随所にされております。読むだけでなく、目で見て楽しく無理なく「経済」が学べる1冊です。

次回は、「インフレとデフレ」を取り上げます。

[日経Bizアカデミー2012年6月8日付]

池上彰のやさしい経済学 (1) しくみがわかる (日経ビジネス人文庫)

著者 : 池上 彰
出版 : 日本経済新聞出版社
価格 : 648円 (税込み)

池上彰のやさしい経済学 (2) ニュースがわかる (日経ビジネス人文庫)

著者 : 池上 彰
出版 : 日本経済新聞出版社
価格 : 648円 (税込み)

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