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池上彰のやさしい経済学

「新自由主義」を唱え、ケインズ政策を批判したフリードマン 著者が解説~池上彰氏(6)

2016/6/25

「新自由主義」を唱え、ケインズ政策を批判したフリードマン
~人間にとって何よりも重要なことは「自由」である~

市場の原理を「見えざる手」にたとえ、自由放任を主張したアダム・スミス。公共事業など、政府が市場に介入することで経済はうまくいくと主張したケインズ。そのケインズの理論を批判し、再び自由主義に光を当てたのが、アメリカの経済学者ミルトン・フリードマンです。彼はシカゴ大学の教授として、多くの経済学者を育てました。彼とその弟子たちは「シカゴ学派」と呼ばれ、政治に強い影響力を持つことになります。

フリードマンは「新自由主義」の旗手と言われています。アダム・スミスの自由放任の考え方をさらに徹底的に推し進めたのがフリードマンでした。人間にとって何よりも大事なことは自由である、自由に行動することが最もすばらしいことなんだ、これが彼の考え方です。このような人のことを「リバタリアン」と言います。人を殺したりものを奪ったりしてはいけないけれども、人に迷惑をかけなければ何をやっても自由じゃないかという考えです。

かつてアメリカでは禁酒法が施行され、お酒をつくることも飲むことも禁止された時代がありました。ところが当時のマフィア、アル・カポネが酒の密売を行い、闇の世界が大きく拡大してしまいました。禁止をすると裏で金儲けをしようという者が現れて、逆に闇世界がはびこる。だから全部自由にしてしまうほうがいい、これがフリードマンの考え方です。

新自由主義は、アメリカではとりわけ共和党に大きな影響力を持っており、歴代の大統領にとっての知恵袋となっています。1981年にはロナルド・レーガンが大統領に就任し、福祉予算の削減、企業減税、規制緩和などを行いました。市場原理を重視したレーガンの経済政策はレーガノミクスと呼ばれました。日本では、当時の中曽根政権がそれまで行政が行ってきた事業を次々と民営化し、NTTや日本たばこ産業、JRグループなどを設立しました。当時、中曽根総理とレーガン大統領は、「ロン」「ヤス」と呼び合って仲のよさをアピールしており、経済政策においても同じ新自由主義を推し進めていきました。

この頃、小さな政府を目指す政権が世界のあちらこちらで見られました。イギリスで新自由主義的な経済政策を行ったのが、1979年に首相に就任したマーガレット・サッチャーです。サッチャーは規制緩和や政府系企業の民営化を次々と行いました。この経済政策はサッチャリズムと呼ばれました。

また、フリードマンは「マネタリスト」とも呼ばれ、ケインズが唱えた公共事業や累進課税などの政府による経済への介入を否定しました。彼は、政府が世の中を流れるお金の量さえコントロールすれば経済はうまくいくと主張したのです。

自由主義による市場経済は、国民の人権を守る
~言論の自由を守り、政治思想や人種による差別もなくす~

フリードマンは、政府はとにかく国民の自由を尊重し、これを侵害してはならない、そのために政府が守る2つの基本原則があると言っています。

まずは国防です。国を外国の攻撃から守ること。そして国内において、個人がほかの人から暴力的な攻撃を受けることを防ぐこと、これを第一の基本原則としました。

もう1つは、どうしても政府がやらなければいけないことがあるときは、なるべく下の地方自治体に任せたほうがいいという考え方です。国がやるよりは州に任せる、州がやるよりは市町村に任せるというように、なるべく下に下に任せたほうがいいということです。なぜでしょうか。国民が国の政策に対して気に入らないと思っても、国を出て行くことはなかなかできませんよね。でも、市町村単位なら引越しをして出て行くことができる。すなわち自分で身を守ることができるのです。市町村は住民に出て行かれたら困るので、うっかりしたことはできなくなります。

また、フリードマンは自由な市場経済は結果的に言論の自由を守ることになると主張しています。第2次世界大戦後の冷戦時代、アメリカでは共産主義者を徹底的に世の中から追放しようという運動(赤狩り)が大きく広がりました。マスコミやハリウッドでも、共産主義者と疑われる人物は次々と追放されていきました。

ところが、この時ハリウッドを追われた脚本家が、10年後にアカデミー原案賞を受賞します。この映画の監督はその脚本家の経歴を知っていましたが、その才能を買って仕事を依頼したのです。本名を隠すため、ペンネームを使って仕事せざるを得ませんでしたが、このような追放された人々でも、才能があればちゃんと仕事があったのです。政府に介入させることなく自由な市場にしておけば、このように言論の自由も守ることができるということです。

フリードマンは1962年に発表した『資本主義と自由』という本の中で、次のようなことも言っています。たとえば小麦の生産を考えたとき、小麦を栽培したのが白人だろうが黒人だろうが、だれもそんなことは意識しないで食べている。アメリカでは黒人が差別されているけれども、自由なマーケットがあれば黒人にも仕事があるし、民族差別ということもなくなるだろう。小麦をつくりパンを焼いた、そのパンを焼いた人が白人か黒人か、あるいは自由主義者か共産主義者か、はたまたアメリカ人かそうでないか。そんなことはまったく関係なく、おいしいパンは売れるのだ、それでいいじゃないか、というのがフリードマンの主張です。

このように、フリードマンは、国家による経済への過度の介入を批判し、個人の自由と責任に基づく競争と市場原理を重視する考えを主張しています。彼は自著の中で、政府がやるべきでない政策として14項目を挙げています。

新自由主義政策が巨大な格差社会を生み出した
~雇用にも及んだ規制緩和で、派遣切りによる大量の失業者がでた~
いけがみ・あきら ジャーナリスト。東京工業大学特命教授。1950年(昭25年)生まれ。73年にNHKに記者として入局。94年から11年間「週刊こどもニュース」担当。2005年に独立。主な著書に「池上彰のやさしい経済学」(日本経済新聞出版社)ほか多数。長野県出身。

日本ではリーマン・ショックのあと、派遣切りが広がり失業者がたくさん出ました。この時、これは小泉・竹中路線のせいではないかという議論がありました。たしかに小泉政権の新自由主義政策は注目されましたが、実はこの流れは橋本政権の時代から続いてきたものです。

1996年、橋本内閣は日本経済を活性化させるための金融制度改革に乗り出し、新しい金融システムをつくりました。これがいわゆる金融ビッグバンです。銀行を中心とした護送船団方式の金融システムにメスを入れ、幾多の規制改革を行い、銀行、証券会社、保険会社などの垣根を次々と取り払いました。

小泉改造改革では、規制緩和の考え方が雇用政策に及びました。派遣労働の自由化です。派遣労働というのは、もともとは極めて特殊な技能を持った人だけに許されていたもので、対象職種が限られていました。その典型例がコンピュータのSEです。企業が新しいコンピュータシステムを導入したいけれども、会社の中にコンピュータについて詳しい人がいない。そういうときにSEの人を派遣してもらって新しいシステムを構築する。その仕事が完成したら、帰ってもらう。派遣労働は、そういうところから次第に広がっていきました。

そして小泉・竹中時代の2004年3月、ついに対象職種が原則自由化されることが決まり、自動車の生産工場など製造業の派遣労働が解禁されました。その結果、リーマン・ショックによる不況で大量の派遣労働者が契約を解除される派遣切りが起きたのです。これを機に、労働者派遣の規制緩和を進めた新自由主義政策に対する批判が高まりました。

またアメリカでも、レーガン大統領の頃から本格的に広がった新自由主義政策よって、貧富の差が非常に大きくなり、巨大な格差社会が生まれました。アメリカンドリームという、だれでも豊かになれるチャンスがある一方で、光と影の影の部分である本当に貧しい人たちが増えている、その格差が一段と広がったんじゃないかという不満が高まっています。2011年9月、ニューヨークのウォール街周辺でのデモをきっかけに、失業問題の改善や格差是正を訴える運動が全米各地に広がりました。これは、行きすぎた新自由主義によって生まれた深刻な格差社会に対する、アメリカ国民の異議申し立てという一面があります。

フリードマンは1976年にノーベル経済学賞を受賞しています。彼の考え方に対しては、実にすばらしいと高く評価する声があります。その一方で、強い立場や能力がある強者の論理ではないか、弱者にとってはこの理屈は成り立たないのではないかという批判があることも、また事実だということです。

(イラスト:北村人)

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次回は、日本のTPP参加問題も含め、貿易について取り上げます。

[日経Bizアカデミー2012年6月1日付]

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著者 : 池上 彰
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著者 : 池上 彰
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