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赤字国債を発行し、公共事業で景気を回復させる
~経済政策の常識を変えたケインズの失業対策~

前回取り上げたマルクスは、資本主義を分析・批判し、社会主義という新しい経済理論を打ち立てました。それに対して、資本主義の欠陥を補う政策をとれば、資本主義でも十分やっていける、豊かになれる、失業者を減らすことができると考えたのが、イギリスの経済学者ジョン・メイナード・ケインズです。ケインズの理論は世界中の政治に大きな影響を与え、これによって資本主義が生き延びたとも言われています。

ケインズ以前の古典派と呼ばれる経済学では、失業率が高いのは給料の引き下げに抵抗する労働組合があったり、安い賃金で働こうとしないなどの「自発的失業」があるからだと考えられていました。つまり、失業するのは労働者が悪い、ということです。

ケインズは、そうではなく「非自発的失業」が存在する、企業が採用を手控えるから働きたくても働けない労働者がいるのだ、と考えました。そして、このような失業者を救済するしくみをつくっていくことが景気をよくしていくことだと主張したのです。

日本でも景気が悪くなると、政府が赤字国債を発行して道路をつくったり橋を架けたりして公共事業を増やし景気をよくしようという議論が行われますが、これはケインズ理論に基づいています。彼がこの理論を打ち立てるまでは、赤字国債を発行するという発想はありませんでした。ケインズの理論によって、景気対策には公共事業という常識が生まれたのです。

ケインズがこの理論を考えるきっかけとなった出来事が、1929年の世界恐慌です。それまで、世界の国々では「均衡財政政策」という経済政策をとっていました。政府は赤字をつくってはいけない、支出はすべて税金で賄うという考え方です。しかし、恐慌時には国の税収が激減します。国がお金を使って何か政策を実施しようとしても、そもそもお金がありません。

そこでケインズは、赤字国債を発行して金融機関や国民に買ってもらい、そのお金で公共事業を増やして雇用を生み出そうと考えました。赤字国債は借金ですから、いずれ返さなければなりませんが、公共事業で景気がよくなれば消費が増え税収も増える。そして財政支出したお金が国に戻ってくる。そのお金で借金を返せば、一時的に赤字は出るけれども回りまわってやがて赤字が解消され財政は均衡するんだ、というのがケインズの考え方です。

いまでは当たり前の理論ですが、当時は世界中の経済学者をびっくりさせ、ケインズ・ショックとも言われました。

不況を食い止めるためには消費を増やす必要がある
~国全体の消費性向を高めるための累進課税のしくみ~

公共事業のために財政支出をしたときの経済効果のことを「乗数効果」と言います。たとえば、政府が道路をつくるために公共投資を100億円行ったとします。道路工事を請け負ったゼネコンは、下請けの建設会社に30億円ずつ発注、さらに建設会社は部品メーカーなどに10億円ずつ発注……という具合にお金が流れていきます。そしてそれぞれの会社の社員たちには給料が支払われ、そのお金でさまざまなものが消費されます。その結果、投資した100億円に増えた需要を加え合計が200億円になったとします。このときの乗数効果は2倍です。投資額に対し全体としていくらの経済効果があるか、これが乗数効果です。

乗数効果を大きくするためには、高い「消費性向」が必要になります。消費性向とは、もらったお金のうちどれだけ使うか、すなわち消費に回すかということです。たとえば国から10万円の交付金をもらった場合、そのうち9万円を消費すれば消費性向は0.9、1万円しか消費しなければ消費性向は0.1です。全部使えば1.0ということになります。この消費性向が高まれば高まるほど経済効果が大きくなり、景気がよくなるということです。

反対に、もらったお金のうちどれだけを貯蓄に回すのかが「貯蓄性向」です。仮にもらった交付金10万円をまるまる貯金してしまったら、貯蓄性向は1.0、景気対策としての効果は何もなくなってしまうことになります。

いけがみ・あきら ジャーナリスト。東京工業大学特命教授。1950年(昭25年)生まれ。73年にNHKに記者として入局。94年から11年間「週刊こどもニュース」担当。2005年に独立。主な著書に「池上彰のやさしい経済学」(日本経済新聞出版社)ほか多数。長野県出身。

いけがみ・あきら ジャーナリスト。東京工業大学特命教授。1950年(昭25年)生まれ。73年にNHKに記者として入局。94年から11年間「週刊こどもニュース」担当。2005年に独立。主な著書に「池上彰のやさしい経済学」(日本経済新聞出版社)ほか多数。長野県出身。

このように、国民が貯蓄性向を下げ消費性向を高めていくように誘導すれば、景気はよくなります。そこでケインズが考えたのが、お金持ちから税金をたくさんとる「累進課税」です。景気が悪いと失業者が増えますが、失業者は収入がないわけですから消費ができません。その結果、国全体の消費が減ることになります。このとき政府がお金持ちからたくさんの税金を吸い上げ、そのお金を社会保障として失業者や生活に困っている人に渡します。その人たちが消費をすることにより、社会全体としての消費性向が高まり、景気をよくすることができると考えたのです。

ケインズ以降、日本をはじめ世界の多くの国でこの課税方法がとられています。最初からこのしくみがあれば、お金持ちから貧しい人たちへ社会福祉としての所得の再分配が行われ、あらかじめ景気の悪化を食い止めることができる。不況が深刻な恐慌にまで発展する可能性が減るわけです。

中央銀行が金利を下げて企業の事業投資を増やす
~ゼロ金利政策と流動性の罠~

景気をよくするためには、国民みんながたくさん消費をして消費性向を高めればよいとケインズは考えましたが、彼は企業が新たな投資をして消費を伸ばすということも考えました。企業が新しく事業投資をすれば、たとえば新しい工場をつくって社員を採用する、ものが売れて生産が増えれば、さらに新たな社員を採用する。このようにして失業者が減っていきます。だから企業がもっと事業投資をするしくみにすればいいと、彼は考えたのです。では、そもそも企業はどのようなときに新たな投資をするのでしょうか。

たとえばある企業が10億円の現金を持っていたとします。これを銀行に預けておけば、何もしなくても利子がつきますよね。もし新しい事業を始めるなら、その事業から得られる利益が利子よりも高くないとやる気にならないでしょう。

つまり、銀行の利子率よりも事業での利潤率のほうが高ければ、企業は事業投資を始める。それならば、人為的に利子率を下げてしまえば結果的に利潤率のほうが高くなるから、企業は安い金利でお金を借りて新しい事業をしようという気になるだろう、だから景気が悪いときには金利を下げればいいとケインズは考えました。世界の多くの中央銀行が、不景気時に金利を下げて景気をよくするという方法をとります。

ところが日本では、1990年代にバブルがはじけたあと、金利をどんどん下げてほとんどゼロという状態にしても景気は回復しませんでした。

ケインズはこれを「流動性の罠」と呼んでいます。金利がほとんどゼロでお金が借りられるにもかかわらず、企業の投資がぜんぜん伸びないのです。

なぜゼロ金利政策に効果がなくなってしまったのでしょうか? これは、いまの社会情勢のままでは先行きが不安で将来に展望がないから、たとえゼロに近い金利でお金を借りられても、企業は投資をしようと考えなくなるからです。ケインズの時代にはそのようなことは起こらなかったので、「理論的にその可能性がある」とだけ彼は指摘していましたが、いまの日本はまさにその状態です。

ケインズの理論による経済政策は世界の常識となりましたが、この経済政策にはインフレを引き起こすという大きな副作用がありました。一体どういうことなのでしょうか。続きは本書で……。

 今回の記事の内容をもっと読みたい人は、書籍『池上彰のやさしい経済学 1しくみがわかる』で詳しく解説しています。ぜひ手に取ってご覧ください。書籍では、イラストや図解、用語解説が豊富に掲載されており、ひと目でわかる工夫が随所にされております。読むだけでなく、目で見て楽しく無理なく「経済」が学べる1冊です。

(イラスト:北村人)

次回は、新自由主義の旗手、フリードマンを取り上げます。

[日経Bizアカデミー2012年5月25日付]

池上彰のやさしい経済学 (1) しくみがわかる (日経ビジネス人文庫)

著者 : 池上 彰
出版 : 日本経済新聞出版社
価格 : 648円 (税込み)

池上彰のやさしい経済学 (2) ニュースがわかる (日経ビジネス人文庫)

著者 : 池上 彰
出版 : 日本経済新聞出版社
価格 : 648円 (税込み)

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