ヒラリー選出理由は、女性としてor政治家として?
池上彰、増田ユリヤが解説するアメリカ大統領選挙戦のリアル
あなたはワイン派? ビール派? 実はこれ、アメリカの政治を語るときによく使われる問いかけなのだという。
ワイン派というと、インテリ、お金持ち、スノッブなイメージ。それに対しビールは庶民派。もともとは、ワイン派=民主党、ビール派=共和党として語られていた。しかし、今回のアメリカ大統領選挙では、民主党の中にもワイン派(ヒラリー)vs. ビール派(サンダース)の構図があるのだという。
三者三様の支援者たち
池上:2016年11月8日の本選挙に向けた各党のアメリカ大統領候補の指名争いは、共和党は実業家で大富豪のドナルド・トランプ氏でほぼ決まり。民主党は前国務長官のヒラリー・クリントン氏に決まりと思いきや、バーニー・サンダース氏がでてきたことで、ヒラリー氏が苦戦しています。
増田:ニューヨーク州の予備選挙を取材に行ったのですが、クリントン氏の事務所は、マンハッタンのウォール街にあるビルのワンフロア。そこには元弁護士やHIVの研究者など自分の肩書をとうとうと語る、いわゆるエリートさんたちがいました。
一方、サンダース氏の事務所は、ブルックリンの工場跡地に4月にようやくできたところで、「今週は40時間の有給休暇をとって来ているよ。人生でこんなに夢中になったことは初めて」と話す32歳の男性など、ごく普通の人たちが集まっています。支援者の集会には、「99%」と書かれた帽子をかぶった人もいましたね。
池上:「We are the 99%(我々は99%だ) Occupy Wall Street(ウォール街を占拠せよ)」と抗議した人たちのスローガンですね。国民の1%ほどのウォール街にいるような大富豪たちが、残り99%の犠牲の上に、より裕福になっていくとして、2011年に経済格差是正を求めて起こったデモです。支持者たちは、サンダース氏がその99%に属する人たちの味方だと訴えているのでしょう。
増田:一方、共和党のトランプ氏は、低所得者の所得税ゼロや不法移民の強制送還などを掲げているので、一般的には、白人の低所得者層の男性が支持層と思われていますが、実際に集会に行ってみると、「1%」の高額所得者層にも支持が広がっていました。ただ、トランプ支持と分かると批判されるので家族にも言えないと(笑)。
候補者のリスク要因はメールと納税申告
池上:トランプ氏という怪物が誕生した背景には、決められない政治へのいら立ちがあるのです。きっかけは2009年に始まったティーパーティー運動です。重い税金をやめ、小さな政府を目指す草の根運動かと思われていましたが、実は大金持ちが豊富な資金で自分たちの考えに近い議員を送り込んで共和党を乗っ取ろうと仕掛けたのです。
実際、2010年には共和党のベテラン議員や穏健派が次々落選し、過激な考えの人たちが多数当選。オバマ政権が何かやろうとすると議会多数派の共和党が徹底的に反対し、オバマ大統領もティーパーティーが主導する共和党の法案に、たびたび拒否権を発動して法案成立を阻止。
その結果、何も決められない政治が何年も続いた。そんな共和党のやり方に反発する人たちが、共和党を変えてくれるのではないかと、トランプ氏を支持しているのです。
増田:アメリカの予備選挙は、州によって違います。例えばニューヨーク州の予備選挙で投票するためには、半年前に「私は民主党です」という登録をしていないと投票ができません。一方、当日登録して投票できる州もあります。事前登録が必要な州では、あとからじわじわ人気が出てきたサンダース氏は不利。
6月7日に行われるカリフォルニア州の予備選挙は事前登録制ですが、これまで選挙に関心が低かったヒスパニック系の人たちが続々と登録しているそうです。この方たちがどちらに投票するのか注目です。
池上:民主党のこれまでの獲得議員数ではクリントン氏が優勢ですが、リスク要因もあります。国務長官時代に国務省の機密のメールを自分のメールアドレスで発信していた事実が明らかになり、FBI(米連邦捜査局)が事情聴取をすると言われています。
そして、共和党の指名獲得を確実にしているトランプ氏にも、実はリスク要因がある。確定申告書(納税申告書)を公表していないのです。歴代の大統領候補者は確定申告の書類を公開するのが慣例。開示しないのは、節税手段を使って税金を納めていないのではないかという疑惑が広がっています。
性別ではなく、政治家として判断される社会の成熟度
増田:今回のセッションタイトルは「初の女性大統領は誕生するか?」ですが……。
池上:8年前、クリントン氏は大統領を目指してオバマ氏と戦いました。あのとき黒人か女性かという選択で、黒人差別主義者と思われるほうがダメージが大きいと感じて、オバマ候補を選んだ人が多かったと、現時点では分析されています。
次こそ女性にと思っていた人が大勢いたのに、8年間で女性かどうかではなく、一人の政治家として誠実か信頼できるかに、アメリカの選択が変わった。それだけ女性の地位が向上し、当たり前に思われるようになったのではないでしょうか。すばらしい政治家を選んだら、それが女性だったという時代。いずれ日本もそうならなければいけないと思います。
プロフィール
1950年、長野県生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業後、NHK入局。05年にNHKを退局後は、フリージャーナリストとして活躍。東京工業大学特命教授。
増田ユリヤ(ますだ・ゆりや)
1964年、神奈川県生まれ。高校で社会科講師を務め、NHKリポーターの経験をきっかけに幅広く取材活動を続ける。近著に『揺れる移民大国フランス』(ポプラ新書)。
(ライター 中城邦子)
[nikkei WOMAN Online 2016年5月31日付記事を再構成]
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