「エグゼクティブ転職」は、日本経済新聞社グループが運営しています
大手の経理課長のキャリア、なぜ転職で評価されない?
エグゼクティブ専門の転職エージェント 森本千賀子
PIXTA
自信と誇りを持っていた自分のキャリアが、転職活動を始めてみると、思ったほど求人企業から評価されない――特に大手企業出身の方が、こうしたシビアな現実に直面することがあります。世間では尊敬と羨望の目で見られる経歴が、なぜ転職市場で通用しないのか。よく見られる2つのケースについてお話ししましょう。
「誰もが知る大手一流企業A社に新卒で入社して十数年、経理部門にて順調にキャリアを積み、現在は課長を務める」
――この方の経歴は、A社内では価値が高く、世間の人からはうらやまれるものといえるでしょう。しかし、こうした経歴の方が転職活動をすると、実は苦戦することが多いのが実情です。なぜなら、求人企業側は次のような評価をするためです。
「細分化された組織の中で、一部の業務しか経験していない」
「大きな組織を俯瞰(ふかん)したマネジメントを行った経験がない」
「一社・一部門に長期間とどまっていたということは、考え方や手法が凝り固まっているのではないか。新しい環境に適応できないのではないか」
もちろん、この方の「経理スペシャリスト」としてのスキルの高さは評価されます。しかし、経理職の求人というと、成長過程にある企業が組織整備のために募集しているケースが多数。明確なルールがまだ整っていない中では、1人が臨機応変に複数の役割をこなすことが求められます。
また、体制が固まっていない状況では「朝令暮改」もひんぱんに起こるため、変化への対応力も欠かせません。そうした「柔軟性」「臨機応変の対応力」といった面で、「融通が利かないのではないか」という懸念を抱かれるのです。
こうした傾向は、もちろん、例に挙げたような管理部門スペシャリストだけでなく、他の職種でも見られます。
カバーする方法~広い視野を養った経験を伝える
では、「長年、限られた部門・職種のみしか経験していない」という方が転職活動に臨む場合、どんな対策をすればいいのでしょうか。
有効なのは、「立場やバックグラウンドが異なる人たちと協働した経験」を職務経歴書に記し、アピールすることです。
例えば、「ダイバーシティ推進委員会」「社内環境改善検討員会」など、社内横断型のプロジェクトに参加し、他部署・他職種の人々とのコミュニケーションや協議を行った経験があれば、それもぜひ伝えてください。
あるいは、ごく短い期間でも、グループ会社などに出向した経験、他部署のプロジェクトに応援要員として一時的に加わった経験などがあれば、省略せずに記載しましょう。
社内でそのような経験がなければ、社外のコミュニティーやサークル、セミナーなどに参加し、さまざまな業種の人と交流した経験を伝える手もあります。
つまりは、「幅広い人たちとの交流や協働を経験し、広い視野や柔軟な発想力が養われている」ということを伝えればいいのです。
こういった経験がないのであれば、これから率先して経験していくことをお勧めします。「異動」「出向」などには抵抗感を抱く人も多いかと思いますが、経験の幅と視野を広げ、「強いキャリア」を築く絶好の機会ですので、ぜひ前向きにチャレンジしてください。
「自分が立案した販促企画により、前年度より50%アップの売り上げを達成」
「大型プロジェクトをリーダーとして統括し、成功。メディアでも注目を集めた」
PIXTA
このような業績を挙げていれば、当然、転職活動では自信満々にアピールしますよね。
ところが、求人企業側のリアクションが薄く、肩透かしをくらうことは少なくありません。輝かしい実績であっても、相手企業はこんな目で見ているのです。
「すばらしいのは認めるけど、これは今(前)の会社だから達成できたんじゃないの?」
大手企業に在籍している(していた)30代以上のリーダー、マネジャークラスの方が転職に臨むとき、多くの場合は、これまでより規模の小さな会社が対象となります。
中小・ベンチャー企業での選考において、大手企業での実績をアピールしても、
「大手企業にはブランド力と多額の予算があるし、優秀な部下たちがサポートしてくれる。そのような恵まれたリソースがない環境でも、同じように成果を挙げられるのか?」
――などと問われることになります。
実際、企業の選考現場では、大手人気企業のマネジャー経験者よりも、無名企業・不人気企業のマネジャー経験者のほうが「高度なマネジメントスキルを持っている」と評価されることがよくあります。
大手企業であれば、ブランド力によって自然と商品が売れるし、多額の広告費用を投じることができます。一方、ブランド力がなく、予算も乏しい企業では、販売拡大のための工夫が必要。そのため、戦略策定のスキルが磨かれるというわけです。
また、大手企業は採用力があるため、優秀な人材、意欲の高い人材が豊富。自分で考えて行動できる社員が多いため、マネジメントが比較的スムーズです。一方、中小企業や不人気企業では、メンバーの指導やモチベーションマネジメントに工夫が必要となるケースが多いものです。
こうした理由から、採用場面では、「恵まれた環境で高い実績を挙げた人物」より「恵まれない環境で努力と工夫を重ねてきた人物」のほうが選ばれるケースが少なくないのです。
カバーする方法~独自の戦略、工夫を伝える
「今(前)の会社だから、この実績を上げられたのでは?」と問われた場合、「それだけではない」と伝え、納得させることが大切です。
会社のリソースを活用しただけでなく、自分自身が独自に練った戦略、それをどのように推進していったか、どんな工夫を凝らしたかのプロセスを整理し、具体的なエピソードを語れるようにしておきましょう。途中でどんな壁にぶつかり、どう乗り越えたかを伝えるのも有効です。
そして、その経験が自分の中で「ノウハウ」「メソッド」として確立されていて、相手企業でもそれを再現できることを伝えられれば、プラスに評価されるでしょう。
つまり、「実績」そのものをアピールするのではなく、「実績を挙げる過程で身につけたことが相手企業で生かせる」ことをアピールするようにしてください。
――以上、自信を持っているキャリアが意外と評価されないケースを2つをご紹介しました。もちろん、この2パターンのほかにも、アピールが空回りしてしまうケースは多々あります。
情報収集によって自分の「市場価値」を正しく認識すること、自分・自社の価値観と他人・他社の価値観は異なるものと心得ておくことが大切です。
連載は3人が交代で担当します。
*黒田真行 ミドル世代専門転職コンサルタント
*森本千賀子 エグゼクティブ専門の転職エージェント
*波戸内啓介 リクルートエグゼクティブエージェント代表取締役社長
株式会社リクルートエグゼクティブエージェント エグゼクティブコンサルタント
1970年生まれ。独協大学外国語学部英語学科卒業後、93年にリクルート人材センター(現リクルートキャリア)入社。大手からベンチャーまで幅広い企業に対する人材戦略コンサルティング、採用支援、転職支援を手がける。入社1年目にして営業成績1位、全社MVPを受賞以来、つねに高い業績を挙げ続けるスーパー営業ウーマン。現在は、主に経営幹部、管理職を対象とした採用支援、転職支援に取り組む。
2012年、NHK「プロフェッショナル~仕事の流儀~」に出演。『リクルートエージェントNO.1営業ウーマンが教える 社長が欲しい「人財」!』(大和書房)、『1000人の経営者に信頼される人の仕事の習慣(日本実業出版社)』、『後悔しない社会人1年目の働き方』(西東社)など著書多数。