なかなか理解されない「信託財産」の取り扱い弁護士 遠藤英嗣

家族信託は一度や二度説明しても、高齢者はもちろん、そのお子さん世代の比較的若い方々にもなかなか理解してもらえないことが多い仕組みです。複雑な構造である上になじみのない制度だからでしょう。

特に多くの人は「信託財産が自分のものではなく、受託者の名義になる」ということに抵抗感を持ってしまい、それが理解の妨げになるようです。しかし、家族信託は柔軟性のある制度です。いずれ多くの人に認知されるのは遠いことではないように思います。

信託は「水の上に浮かぶ油」

家族信託では信託に提供した財産は受託者の名義に代わりますが、受託者自身の固有財産になるわけではありません。この財産の元の名義人であった「委託者」と、新しい名義人である「受託者」との関係、さらに利益を受ける「受益者」とがどのような関係になるのか、理解するのが難しいようです。

私は家族信託を多くの人に理解してもらうために、信託財産について次のように説明しています。

「信託を設定した場合、所有者である委託者が提供した財産は受託者とケーブルでつながれた状態で宙に浮き、“誰のものでもない財産”となります。そして受託者は、このケーブルを用いて信託財産についての事務処理を行うのです」

信託法の第一人者といわれる故・四宮和夫教授は、「信託は水の上に浮かぶ油」であると述べていました。ここでいう「水」とは基本法である民法のことを指していると思われます。この説明からもわかるように、信託が設定されると、その財産は民法でいう「本人の財産」から離脱してしまうのです。

後見人がついたら信託財産は?

委託者が認知症などで被後見人となると、本人の固有財産だけでなく「信託財産」も成年後見人が管理することになると誤解する人も少なくないようです。

成年後見制度では本人の判断能力が低下すると家庭裁判所で「後見開始の審判」がなされ、被後見人(本人)の行う契約等の大部分は成年後見人が代理することになります。そして、成年後見人は被後見人の財産を管理し、かつ、その財産に関する法律行為について被後見人を代表するという包括的な「代理権」と「取消権」が付与されます。

このことをもって、多くの人は本人が信託を設定した信託財産にまで管理が及ぶものと思い込んでしまうようです。しかし、信託財産は本人(委託者)の手から離れていますので、成年後見人がこれを直接管理することはありません。

当事者の理解を得られなかったケースをいくつか紹介しましょう。

Sさんは高齢になり、自宅や賃貸用のアパートを管理できなくなってきたことから「長男Tさんに信託譲渡し管理したい」と相談してきました。SさんにはTさんのほかに長女Cさんがいますが、Sさんは長女Cさんが自宅を建築する際、2500万円の生前贈与をしており「信託財産の残余分はすべてTさんに帰属させたい」という考えです。

ところが、Sさんの受託者候補となっている長男Tさんは「Sさんが死亡した場合、信託財産の残余分は姉との遺産分割が必要なはずだ」と言い張りました。

Sさんが死亡し遺言がない場合、Sさんの一般の財産については遺産分割が必要になります。しかし、信託財産はもはやSさんのものではありません。正確にいえば、信託設定に伴う受益権は相続の対象にはなりますが、多くの場合、委託者本人の考えで「受益権は相続により承継しない」という構造になっています。

Tさんは「信託財産であっても、なおSさん本人のものだ」という考えが頭に焼きついているようです。この考え方は、先ほどの「水の上に浮かぶ油」ではなく、あたかも「水の中に沈んだ比重の重い油」のイメージだといえるでしょう。これを水の中でかき混ぜて相続人で分け合うのだという考えしか浮かばず、信託についてなかなか理解してもらえませんでした。

Tさんのような人に信託制度を利用してもらうには、根気強く繰り返し説明して理解していただくしかありません。

では本人が死亡した場合、信託財産は誰のものになるのかというと、信託の場合は次のようになります。

信託を設定するとき、信託の条項に「最後に財産を遺す人」、すなわち「帰属権利者」もしくは「残余財産受益者」を決めておくことにより、信託財産はその「帰属権利者等」のものになります。

もし「帰属権利者等」が死亡したり、受け取るのを拒否したりした場合、他に予備的な受取人の定めがあればその人に、それがない場合はその財産は委託者に戻ることになります。もし、委託者が死亡していれば、その相続人が受け取ることになるのです。法律にそのような「みなし規定」が定められているのです。

このようなケースもあります。

祖父Uさんは自分を委託者、子どもDさんを受託者、孫のEさんを受益者として信託契約を締結し、中学生の孫Eさんに生活費や学費など教育費を給付すると約束しました。Uさんは1500万円を信託しました。

しかし子どもDさんは「父が被後見人になったら父の手元現金のみならず、この1500万円は孫の生活費や学費に使えないはずだ」と言い張りました。

確かに、これが成年後見制度であれば確かに本人の財産は本人のためにしか使えません。第三者である孫の生活費に充てることはできないのです。

実際、5人の孫がいる方がそれぞれ孫が結婚するたびに100万円ずつご祝儀をあげていたところ、最後の1人が結婚式を挙げる前に本人に後見開始の審判があり、最後の孫にご祝儀をあげることを成年後見人から拒否されたという事例があります。

Dさんはこの話を耳にしたようで、私が「信託は違います」と説明してもなかなか理解してくれませんでした。

税制上は遺贈に

Dさんはこうも言いました。「父Uが死亡したときには相続税を払うことになるはずだ」と。これは確かにその通りです。

信託では帰属権利者が受け取る財産は、前述のように委託者本人の相続財産から外れます。ただ、税の問題となると話は違います。

Uさんが死亡したとき「孫のEさんを帰属権利者とする」という契約内容であれば、孫Eさんは相続財産の遺贈を受けたわけではなくても相続税が課税されます。租税上は孫Eさんが財産の遺贈を受けたものとして扱われるからです。

ですから例えば、信託契約の中で当初の受益者はUさん、Uさんの死亡後は妻Xさんを第2次受益者としたとします。その後、妻Xさんが死亡して信託が終了し、孫Eさんが帰属権利者として財産の給付を受けた場合、Uさん死亡時にはXさんに、Xさん死亡時にはEさんに、それぞれ相続税が課税されます。

税制上は先の受益者から財産(権利)の遺贈があったものとみなされるからです。

ところが、先に説明した1500万円の教育費の事例の場合は違います。Dさんが言う「相続税を払う」ことにはなりません。信託を設定した場合、本人以外の人が受益者になると、信託設定時に受益者となった人に贈与税が課税されます。

先の事例の場合は信託設定時に孫のEさんに贈与税が課税されることになり、Uさん死亡時にあらためて相続税が課税されるわけではないのです。

なお、孫のEさんに信託設定時、贈与税が課税されない仕組みにすることもできます。そのスキームは本コラム「信託ならできる 孫のやる気を引き出す非課税贈与(2015年10月30日付)」で説明した通りです。

遠藤英嗣(えんどう・えいし) 1971年法務省検事に就任。高松地方検察庁検事正などを歴任し、2004年に退官。05年公証人となり、15年に退官。公証人として作成した遺言公正証書は二千数百件に及ぶ。15年に公証人を退官し弁護士登録。日本成年後見法学会常務理事を務めるほか、野村資産承継研究所研究理事として税務の専門家と連携して、資産の管理・検証などを研究する。主な著書に「増補 新しい家族信託」(日本加除出版)、「高齢者を支える市民・家族による『新しい地域後見人制度』」(同)などがある。
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