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健康・医療
睡眠(ナショジオ)

睡眠薬をやめにくくする「断薬恐怖症」

2016/6/28

睡眠(ナショジオ)

ナショナルジオグラフィック日本版

PIXTA

私は研究所勤務の医師だが、同じ敷地内にある病院の睡眠障害外来も担当している。さまざまな眠りの悩みをもつ患者さんが来院されるが、最も多い症状の1つが不眠症である。しかも、すでに他院で治療を受けているものの治療内容に満足できずセカンドオピニオンを求めて受診されるケースが過半数だ。とりわけ睡眠薬に関する相談が大半を占める。

国際的にも日本人は睡眠薬を怖がることで有名だ。「睡眠薬の種類や量が多くて心配」、「このまま続けて良いのか」など多剤併用や長期服用に関する不安はもちろんだが、「薬を減らすと眠れなくなる」など休薬が難しいという悩みがとても多い。

なぜ睡眠薬はやめにくいのであろうか。花粉症のシーズンが終われば抗ヒスタミン薬をやめるように、風邪が治れば風邪薬をやめるように、眠れるようになったら睡眠薬をやめたいという希望が出るのは自然なことだが、実際には減薬や休薬に苦労する人が実に多いのである。

睡眠薬を少しでも減らすととたんに寝つきが悪くなる、何度も目覚めてしまう、熟眠感(グッスリ感)がなくなる、そのため不安で夜が怖い、睡眠薬をやめるなんてトンデモない。このような睡眠薬をやめられない患者さんは皆、覚醒剤や麻薬中毒のように薬物依存症に陥っているのだろうか。

(イラスト:三島由美子)

薬物依存の症状は「精神依存」と「身体依存」

薬物依存の症状は大きく2つに分けられる。1つは「精神依存」で、その薬物を摂取すると快感があり、再び味わいたいという欲求や衝動(渇望)を抑えきれなくなる。もう1つは「身体依存」で、その薬物を摂取しているうちに体が慣れてしまい増量しないと十分な効果が得られなくなる(耐性現象)。そして休薬しようとすると禁断症状(離脱症状)が出るため苦しくてギブアップすることになるのだ。

睡眠薬で問題になるのは主に身体依存(耐性と禁断症状)である。特に古いタイプの睡眠薬は禁断症状が出やすく不評であった。急にやめると、不眠がぶり返すだけではなく、不安感、手の震え、発汗、動悸(どうき)などさまざまな禁断症状が出て、ひどく苦しい思いをする。そのためたとえ不眠症が治っても、睡眠薬を減らすのがとても大変だった。

この20年程の間に身体依存のリスクが少ない睡眠薬が次々と開発されてきた。例えば、ある新薬は1年間服用しても治療効果が弱くならず(耐性ができない)、中断しても禁断症状はごく軽く、出たとしても数日程度で軽快することが確認されている。このように、製薬会社が新しい睡眠薬を開発するときには、身体依存が生じにくいことを証明するためにさまざまな治験(新薬承認時の臨床試験)を行う。なぜなら、最近では、身体依存が生じるような薬物は新薬として承認されないからである。

では、新しいタイプの睡眠薬を使えば患者さんが楽に休薬できるようになるかと言えば、実はそう簡単にいかない。いざ薬を減らすと「禁断症状」らしき症状に悩まされることが少なくないからである。身体依存が生じにくいはずなのに禁断症状とはナゼ?

興味深い睡眠薬の治験データをご紹介しよう。この新薬は作用メカニズムや動物を使った基礎実験の結果からみて身体依存の危険性はほぼ皆無であろうと期待されていた。製薬会社は安全性を患者さんでも証明するために以下のような臨床試験を行った。

まず患者さんを以下の2つのグループに分けた。

新薬グループ:依存性のない新薬を服用する
 偽薬グループ:(新薬と見分けのつかない)偽薬を服用する

ちなみに、患者さんも医師も自分が新薬/偽薬のどちらを服用しているか分からないようになっている。

それぞれ3カ月間服用してもらった後に、両グループの患者さんに「今晩から偽薬に変更します」と伝えて寝てもらい、禁断症状(不眠の再発)の有無を脳波で検査したのである。つまり新薬グループでは新薬から偽薬に変わり(断薬に相当)、偽薬グループでは偽薬のまま継続して、禁断症状の出方に差があるか比較したのである。

■新薬の安全性は見事に証明された。しかし……

製薬会社の狙いとしては、新薬も偽薬も禁断症状の出方に違いがないことを証明したかった。そしてそれは見事に証明された。両グループ共に、偽薬に変更した晩に不眠が再発した患者の割合はほぼ同じで、約6人に1人(新薬グループが18%、偽薬グループが16%)であった。古いタイプの睡眠薬ではこの割合が40%以上にもなるという報告もあるので、新薬の治験としては大成功の部類である。でも、このデータ、よーく眺めてみると実に考えさせられる結果なのである。

まず、偽薬グループの患者さんは何の薬理作用もない偽薬を「新薬かもしれない」と期待して3カ月間服用した結果、不眠がかなり治っていた。これは睡眠薬ではプラセボ効果が大きいためで、『ニセ薬、侮り難し 睡眠薬の効果は「4階建て」』でも紹介した。言い換えれば、偽薬グループの患者さんは新薬の力を借りず、自力(自然治癒力)で治っていたのである。それにもかかわらず「今晩から偽薬」と知らされただけで強い不眠がぶり返した。

つまり、偽薬宣告を受けた晩に偽薬グループの患者さんが眠れなくなったのは禁断症状のためではなく、新薬(かもしれないと思っている薬)から偽薬に変更されることへの恐怖感や緊張、いわば「断薬恐怖症」から生じていたのである。逆に言えば、いかに安全な新薬を服用したとしても、このような「禁断症状もどき」とでも呼ぶべき現象が一定の割合で出現することは避けられない。

実際、「睡眠薬がやめられない」「睡眠薬依存になってしまった」と嘆いている患者さんの服薬状況や不眠症状をつぶさに観察していると、実は「禁断症状もどき」であることが非常に多い。特に主治医にこっそりと断薬すると罪悪感も混じってますます不眠がひどくなる。

睡眠薬をやめるためには、まず不眠症をしっかり治した上で、自分が抱えている「断薬恐怖症」を認識し、「禁断症状もどき」をうまく乗り越える必要がある。そこで次回は、睡眠薬を安全に減量・休薬するための方法を紹介したい。「禁断症状もどき」の問題は睡眠薬に限らず、精神安定剤や鎮痛剤などの医薬品、酒やタバコなどの嗜好品、健康食品や健康器具、果ては人間関係に至るまで様々な場面で登場して私たちの足を引っ張る。その対処のコツを知っていて損はないはずである。

(イラスト:三島由美子)
三島和夫(みしま・かずお)
 1963年、秋田県生まれ。医学博士。国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所精神生理研究部部長。1987年、秋田大学医学部医学科卒業。同大精神科学講座講師、同助教授、2002年米国バージニア大学時間生物学研究センター研究員、米国スタンフォード大学医学部睡眠研究センター客員准教授を経て、2006年6月より現職。日本睡眠学会理事、日本時間生物学会理事、日本生物学的精神医学会評議員、JAXAの宇宙医学研究シナリオワーキンググループ委員なども務めている。これまで睡眠薬の臨床試験ガイドライン、同適正使用と休薬ガイドライン、睡眠障害の病態研究などに関する厚生労働省研究班の主任研究者を歴任。『8時間睡眠のウソ。日本人の眠り、8つの新常識』(川端裕人氏と共著、日経BP社)、『睡眠薬の適正使用・休薬ガイドライン』(編著、じほう)などの著書がある。

(日経ナショナル ジオグラフィック社)

[Webナショジオ 2016年5月12日付の記事を再構成]

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著者:三島 和夫
出版:日経ナショナルジオグラフィック社
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