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「自然に逝きたい」増える老衰 130万人のピリオド 統計にみる多死社会(上)

2016/6/6

年間70~80人を在宅で看取る。患者が望む逝き方がかなうようにスタッフ同士で常に情報を共有する(松山市の医療法人ゆうの森で)

 国がこのほど発表した人口動態統計によると、老衰で亡くなる高齢者がこの10年で3倍に増えた。長寿化が一因だが、死生観の変化も老衰急増の背景にある。延命措置で生き永らえるよりも自然に枯れるように逝きたい。年間130万人もの人が亡くなる社会を迎え、そう願う高齢者が増えているようだ。

 昨年11月、西日本の地方都市で90代女性が自宅で亡くなった。2人の子どもは関東住まい。夫は数年前に先立ち一人暮らしだった。特段重い病気もなく元気に過ごしていたが、9月に食が細くなり、微熱が続いた。検査入院しても異常は見つからなかった。

 医師は点滴などによる栄養摂取と精密検査の継続を選択肢として示したが、女性は断った。「検査を続けるよりも自宅で自然に過ごしたい」。母のために2人の子どもは交代で実家に帰って看病した。

 1日の睡眠時間が徐々に長くなり、最後は静かに息を引き取った。食欲不振を訴えてから2カ月。主治医は死因を老衰と診断した。

 2015年に老衰で亡くなった高齢者は8万5000人に上る。前年より9000人増えた。厚生労働省「死亡診断書記入マニュアル」は、老衰を「高齢者で他に記載すべき死亡の原因がない、いわゆる自然死」と定義する。診断する立場になると死亡の原因が「ない」には「特定できない」も含まれる。

 このため戦前は老衰死亡率(死者10万人に占める人数)は100人を超えていたが、医学が進歩して診断可能な疾患が増えるにつれて老衰死亡率は減少。1980年代以降は死亡率20人前後で横ばいを続けていた。だが2000年半ばに増加に転じ、15年は67.9人に上る。

 老衰は加齢と関連するので、総人口に占める高齢者比率が高まれば老衰死亡率も当然高くなる。ただ人口構成比の変化の影響を統計的に除いても、老衰死亡率は右肩上がりだ。東埼玉病院内科・総合診療科医長の今永光彦氏は「以前は長く生きることがよしとされてきた。今は無理な延命よりも自然な死を受け入れる風潮がある。死生観の変化が影響している」とみる。

 オリックス・リビングが運営する有料老人ホーム「グッドタイム リビング新浦安」(千葉県浦安市)では15年度に入居者12人が亡くなった。うち8人をホーム内でみとった。そのほとんどが老衰だ。

 食が細くなり眠っている時間が長くなるなど衰えが見えてきたら、施設の医師や看護師を交えて入居者の家族と終末期の対応を話し合う。今年で開設10年目。当初は「最期は病院で」と望むケースが多かったが、今は9割が住み慣れたホームでの自然のみとりを希望する。ジェネラルマネージャーの立崎直樹さんは「『無理な治療で余命を延ばすより、好きなものを好きなように食べて自然に逝きたい』。そんな言葉を多くの入居者が普通に口にするようになってきた」と話す。

 老衰のみとりは簡単なようで簡単ではない。松山市などで在宅医療を手掛ける医療法人「ゆうの森」理事長の永井康徳医師は「最期が近づくと自然と食べられなくなる。死に至る通常の過程なのだが、周囲はそれを受け入れられずに点滴などで無理して水分・栄養補給をしようとしてしまう」と指摘する。

 永井医師によると、その結果、むくみが出たり痰(たん)も多くなったりして体に負担がかかる。「食べられなくなったら枯れるように逝くことが自然であり、本人にとっても楽な逝き方だと理解してほしい」と強調する。

 もちろん点滴による栄養摂取や延命措置も無意味・無駄ではない。大切なのは本人の意思だ。「少しでも長く生きてほしい」といった家族の思いが逆に本人につらい思いをさせている可能性もある。永井医師は「どのように生きてきたか。どんな風に生きたいと望むか。本人に成り代わってその気持ちを家族が考えてあげることが大切だ」と助言する。

■医師、診断書に迷い

 東埼玉病院の今永光彦医師は2014年に13人の医師に老衰について聞き取り調査をした。全員が死亡診断書に「老衰」と記すのに「迷いや葛藤がある」と打ち明けたという。

 長期にわたって診てきた高齢者なら、病歴もおよそ把握できているので判断も迷わない。たださほど深く関わっていなかった高齢者が亡くなった場合は「治療可能な疾患を見逃してしまっていないか」「救える命を救えなかったのではないか」といった思いもぬぐえない。「老衰は医学の敗北とする見方もある。老衰の増加を巡り、医師の心も揺れている」と説明する。

 老衰と診断するには家族との関係も影響するという。信頼関係があれば「どんな死亡診断でも家族は医師を疑わない。老衰という診断を家族が積極的に受け入れて感謝されることもある。老衰は天寿を全うした穏やかな死の証しでもあるようだ」と話す。

(編集委員 石塚由紀夫)

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