経験値ゼロから始めたパラ支援 凸版印刷

福岡を拠点にして練習を続ける凸版印刷の渡辺勝選手(左)
福岡を拠点にして練習を続ける凸版印刷の渡辺勝選手(左)

パラリンピックを目指すアスリートを支える企業にはそれぞれの手法がある。2014年に障害者スポーツ支援に着手した凸版印刷は、選手の直接雇用や力強い競技風景の写真を集めた情報サイト開設など競技者本位の視点を重視。「経験ゼロ」から始めた競技支援で様々な試みを続けている。

競技水準が飛躍的に向上してきた障害者アスリートも五輪選手と同様、厳しい練習を続ける必要があり、経済的なサポートが欠かせない。同社は14年から「スポーツ専従社員」制度を創設、車いす陸上の渡辺勝選手(24)を雇用している。スポーツ専従社員は職場に出向くのは月1回程度。渡辺選手は「安心して競技に専念できる環境に感謝しています」と話す。

世界のトップレベルを維持するためにはパラリンピアンも海外遠征が不可欠。しかし、すべての遠征費用を自己負担するのは難しい。渡辺選手は日本パラ陸上競技連盟の強化指定選手。海外遠征費用の一部について助成を受けたうえで、凸版社員としての給与や会社からの補助で不足分を補っている。

日本オリンピック委員会(JOC)が就職先を探すアスリートと企業をマッチングする「アスナビ」では、企業に就職して競技生活を続けるアスリートが通算100人を超えた。ただ、知名度が高くないパラリンピックでは「トップクラスの選手に限られる」(日本パラリンピック委員会の高橋秀文副委員長)のが実情だ。

凸版のスポーツ専従社員は渡辺選手のほか、女子7人制ラグビーの谷口令子選手(23)もいる。障害者アスリートは渡辺選手だけだが、CSR推進室の山本正己室長は今後増枠の可能性を示唆する。

競技に専念できる環境下では、アスリートとしての結果も求められる。「ダメなときはダメだとはっきり言ってください」。渡辺選手は13年11月、同社のオリンピック・パラリンピック事業推進部の上原闘部長に初めて会った時に伝えた。この年の夏、渡辺選手は国際パラリンピック委員会(IPC)の陸上競技世界選手権大会1万メートルで銀メダルを獲得。世界トップレベルの成績を残す一方、成績が振るわなかった場合の覚悟を伝えた。上原部長はこの言葉からアスリートとしてのプライドを感じ取った。

社内の運動会で社員に競技用車いすに乗ってもらいながら交流した

以降、上原部長は渡辺選手の成績が芳しくないときには「これではダメ」と遠慮なく言う。渡辺選手も「競技を普及させ、応援してもらうためには結果を出すことが必要。パラリンピックという夢の大舞台で結果を出す」と言い切る。一方で、社内の運動会にも積極的に参加し、レース用車いすの試乗体験などパラスポーツの案内役を務める。

同部の発足は13年10月。「TOKYO 2020」開催決定直後で日本中が歓喜に沸いていた。しかし、スポーツと関連づけるノウハウはゼロ。まずは自社を含めたパラリンピックの知名度向上を始めた。

まず日本障がい者スポーツ協会のオフィシャルパートナーになり、障害者スポーツのPRサイト「スポートレイト」を15年9月にスタートさせた。サイト名は「スポーツ」と「ポートレイト(肖像写真)」を掛け合わせた造語だ。パラリンピックの撮影実績があるカメラマンの越智貴雄氏を起用、パラアスリートの魅力を躍動感のある写真で伝えているのが特徴だ。パラ競技をサポートする企業や行政の担当者のインタビューも載せて、競技の知名度向上を図る。

同様の試みでは4年前、ロンドン大会で英国の民放が制作したパラリンピックの力強い動画が世界中の関心を集めた例がある。映像のテーマは「スーパーヒューマン(超人)に会いに行こう」。障害者の視点より、競技者として選手を取り上げた動画はネットでも再生回数100万回を超えた。

渡辺選手のレースに社内の仲間が応援に駆けつけ一体感が生まれる

こうした活動の成果は、まずは社内から生まれた。アスリートを社内に迎え入れたことで、組織の中に一体感が生まれ始めた。普段は福岡にいる渡辺選手が東京のレースに出場する機会があれば、社内横断的に応援団ができあがり、横断幕を掲げながら声援を送る。

最近はビジネスの面でも効果を生み出している。障害者スポーツに関する知見やノウハウがある企業というイメージが顧客企業に浸透し始め、ウェブサイト製作やイベント運営などの業務を受託できる機会が増えてきた。

凸版印刷のオリパラに対する取り組みは緒に就いたばかりかもしれない。しかし、パラリンピック競技の知名度向上や支援体制も道半ば。五輪選手と同様の高い競技水準とのバランスが取れているとは言いがたい。「経験ゼロ」からの同社の取り組みは、試行錯誤を繰り返しながら4年後に向けて少しずつ定着し始めた。