退職してから転職活動、貯蓄はいくらあれば安心か

日経ウーマンオンライン

2016/6/2
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こんにちは。ファイナンシャルプランナーの加藤梨里です。今回は、シングル女性の「転職」について考えていきたいと思います。

先日、厚生労働省が2016年3月の有効求人倍率を発表しました。前月比(季節調整値)0.02ポイント上昇の1.30倍と、1991年12月の1.31倍以来、約24年ぶりの高水準となりました。2015年度平均の有効求人倍率も1.23倍と高水準でした。雇用環境の改善が続き、転職を考えている人にも追い風になっています。

不動産会社で働くFさん(33歳)もそのひとり。新卒で入社以来10年が過ぎ、キャリアアップのために転職を考えています。今の仕事に不満はないものの、業務にマンネリを感じていることや、一般的に転職のリミットといわれる35歳が目前に近づいたことなどが理由です。

しかし、今の仕事は残業が多く、帰宅はいつも21時過ぎのため、転職活動もままなりません。帰宅後に転職サイトを眺めたり、登録したエージェントからのメールを見たりするのが日課になっていますが、それ以上の活動はできないでいます。

そこで、一度退職して転職活動をしようかと思っています。ただ、収入がストップするのは不安です。「貯蓄があれば次の仕事が見つかるまで大丈夫かどうか?」と、私のところに相談に訪れました。

会社を退職すると年90万超の追加出費

現在、Fさんの手取り月収は35万円。残業代を含めれば40万円を超えることもあります。仕事優先の生活を続けてきたため、生活費の25万円を差し引いた残りをほとんど貯蓄し、500万円超までになりました。これだけの貯蓄があれば、「もし今の会社を辞めて次の転職先が見つかるまで収入がなくなっても、当面はなんとかなるのでは」とFさんは思っています。

ですが、もし会社を辞めて転職活動に専念した場合、毎月どれくらいのお金が必要なのでしょうか?

会社を退職すると、生活費のほかに、おもに次の支出が変わります。

1. 住民税

会社員の場合、一般的に住民税は給与から天引きされます。これが退職後にはお住まいの市区町村から請求が直接くるようになります。在職中は天引きされた後に手取りの給与を受け取るのであまり意識しないことが多いのですが、自分で納税するとなると、その税額が思いのほか高く感じられます。

Fさんの場合、毎月天引きされている住民税額は2万円弱です。退職後にはこれを自分で納めることになるのですが、一括または4回(6月、8月、10月、1月)に分割して納めます。一括なら20万円以上、分割でも1回あたり5万円以上を支払うことになります。

しかも、住民税は前年度の収入をベースに計算されます。退職前の収入に応じた税額が退職後に請求されますから、いざ納税通知書が届くと、請求額にびっくりする人が少なくありません。

2. 国民年金

公的年金の保険料も、会社員なら給与天引きですが、退職後は自分で納めます。次の仕事に就くまでは国民年金に加入することになりますから、1カ月あたり1万6260円(平成28年度)が全額自己負担になります。

会社員のときは厚生年金に加入し、収入に応じて保険料が決まります。支払いは会社と折半ですから、自己負担は半額で済みます。Fさんの場合はおおよそ月7万円の厚生年金保険料のうち、3万5000円ほどが天引きされていました。退職して国民年金だけになると、会社員時代に天引きされていた保険料よりも少なくなります。とはいえ、収入がゼロになって自分で納めるとなると、その負担感は意外と大きいと思います。

3. 健康保険

会社を退職すると、健康保険は、今の会社の健康保険で任意継続するか、お住いの市区町村の国民健康保険に加入するかになります。いずれにしても保険料は全額が自己負担です。こちらも在職中には会社と折半ですから、保険料の負担は今までよりも大きくなります。

Fさんの場合、現在は約4万円の健康保険料のうち約2万円が天引きされています。任意継続ならこれが約4万円の全額負担になります。国民健康保険の場合はお住いの市区町村によって保険料の計算式が異なりますが、在職中の自己負担額よりは高くなるはずです。

これらの税金・社会保険料の負担額を合計すると、Fさんの場合は年額約90万円になります。もちろん1年以内に転職先が見つかればより負担は軽くなりますが、退職後の自己負担はそれなりに重いことは忘れないでおきたいものです。

失業保険はすぐにもらえない

会社を辞めて、次の仕事が見つかるまでの経済的支援として、雇用保険の失業給付(正式には基本手当)があります。これは、ハローワークに求職の申し込みをして、条件を満たせば離職前の収入に応じた手当が支給されるものです。

Fさんの場合、求職中1日当たり約7000円の手当が最長120日間にわたって支給されます。その間に次の就職先が見つかればその時点で終了しますが、最後まで受け取ると総額は約85万円。失業中には心強い収入です。

ただし、自己都合で退職する場合、手当の受け取りまでには、ハローワークに離職票を提出してから7日間(待期期間)+3カ月(受給制限期間)かかります(注:会社都合の場合は待期期間のみで受給制限期間がない)。手続きのタイミングによっては、受け取れるまでに4カ月近くかかることもあります。その間は収入ゼロで生活していくことになります。

なお、失業給付を受け取っている間は、文字通り「失業状態」でなければなりません。生活の足しにとアルバイトをしたり、自営業を始めたりすると手当を受け取れなくなります。失業給付を受け取るなら、それ以外の収入はないと覚悟する必要があります。

約4カ月の収入ゼロ、支出増でも耐えられるか

このように、退職をしてから転職先を探す場合、約4カ月間は収入ゼロでも家計をやりくりできるか、さらに税金と社会保険料を払っていけるかを考えておく必要があります。

さらにいえば、交通費もばかになりません。退職したら、会社員時代よりも生活費が増えると覚悟しておく方が安全です。こういった支出に備えて、4カ月分プラスアルファとして、およそ半年分の生活費は少なくとも用意しておきたいものです。Fさんの場合は150万円が目安になります。

Fさんには500万円の貯蓄がありますから、失業給付が出るまでの生活費と税金・社会保険料の負担には十分耐えられます。お金の面では、転職活動に専念しても問題なさそうです。

ただ、あえてもうひとつ付け加えると、給与収入がなくなったときに精神的に耐えられるかどうかも考えておきたいものです。

いくら貯蓄が十分にあっても、それまで毎月入ってきていたお給料がいざストップすると、たいていの人は不安になります。それまでは右肩上がりに増えていた貯蓄が今度は減っていき、転職先が決まるまでは、それがいつまで続くかわかりません。条件を満たせば失業給付を受け取れるとはいえ、次の仕事が決まるまでは気持ちの面で自分との闘いになります。

かくいう私も、これまでに3度の転職を経験しています。特に最初の転職時には、次の仕事に就くまでブランクがあったのですが、会社員の時にはなかった想定外の出費の多さに、次の仕事が決まるまで貯蓄がもつのか、不安でなりませんでした。実際には、ここが転職活動中に一番きついポイントだと思います。

Fさんは、それでも一度仕事を辞める決断をしました。33歳はそろそろ結婚や出産も考えたい年齢ですから、自分の意思で自分のキャリアのために100%時間が使えるのは今しかなく、最後のチャンスだと考えたからです。いま、Fさんは退職の準備をしながら、かねてから興味があったインテリア業界への転職を目指して、資格の勉強も始めています。

結婚、出産を意識する女性にとって、30代はキャリアや収入の大きな変化を避けて通れません。家事育児などの制約のため、思うようなキャリアが築けないジレンマに苛まれるリスクもあります。これまで築いてきたキャリアを活かすにしても、大幅なキャリアチェンジをするにしても、思い切った決断ができるチャンスは、人生でいつもあるわけではありません。Fさんには、ぜひこのチャンスを生かして、新しいキャリアの道を切り開いていってほしいなと思いました。

転職を考えるときには、次の仕事を得るまでの流れや、ブランクが発生するときはその間の生活費など、目先のお金のことはぜひシミュレーションしておきたいものです。それと同時に、自分の人生やキャリアといった長期的なビジョンもじっくりと考えながら、納得いく決断をしたいものですね。

(文 加藤梨里、監修 日本FP協会)

加藤梨里
 ファイナンシャルプランナー(CFP認定者)。保険会社、銀行、FP会社を経て独立開業。家計、保険などお金のセミナー、執筆、相談を行う。働く女性のライフプランと健康にも関心があり、慶應義塾大学大学院健康マネジメント研究科特任助教も務める。

[nikkei WOMAN Online 2016年5月26日付記事を再構成]