エルニーニョからラニーニャへ 「極端気象」多発?編集委員・気象予報士 安藤淳

熱帯の海が騒がしい。強い「エルニーニョ」が終わったと思ったら、今度は「ラニーニャ」が始まりつつある。今夏はちょうど「移行期」にあたり、どんな天候になるか予報が難しいというが、豪雨や猛暑など「極端気象」の多発を警戒する声もある。これまでのところ、一つも発生していない台風の動向も心配だ。

日中の最高気温が51度――。インド西部ファローディで5月19日に想像を絶する高温となり、これまでの記録を更新した。原因の一つは、ここ1年半ほど続いたエルニーニョとみられる。これは熱帯太平洋の中部から東部の広い海域で海面水温が平年より高くなる現象で、地球全体の気温を押し上げる。

数値予報結果をもとにまとめた、予想される海洋と大気の特徴 6~8月(気象庁の3カ月予報資料から)

世界気象機関や米海洋大気局(NOAA)のまとめでは、世界の平均気温は今年4月まで12カ月連続で、記録がある1880年以降の最高を記録している。エルニーニョは収束しつつあるが、5月も過去最高かそれに近くなる公算が大きい。

過去の経験からも、エルニーニョが終わる時にはインドが暑くなりやすいことがわかっている。単純化すると、次のような仕組みが働くと考えられる。

エルニーニョの期間中は、熱帯太平洋の海面水温の影響を受けてインド洋で乾いた下降気流が起き、晴れて夏の日差しをたっぷり受ける。エルニーニョが終わる頃にはインド洋の水温が非常に高くなり、上昇気流が活発になる。水蒸気が雲粒になるときに出る凝結熱は周辺を加熱する。上がった空気は高温で乾いた風となって吹き下り、暑い高気圧ができる。エルニーニョの名残で、太平洋中央部にある海水温の高い海域も、インドの高気圧を間接的に強めているという。

今回の猛暑では、そこへ熱帯特有の現象も加わったようだ。強大な積乱雲の塊を作り出し、太平洋を西から東向きに40~50日かけて一周するマッデン・ジュリアン振動(MJO)が進んできたのだ。こうした効果がすべて重なり、インドの気温を記録的な水準に押し上げたとみられる。

地球温暖化の影響もあって、もともと海上も陸地も平年の気温が過去に比べて高い。そこへエルニーニョやMJOの影響が重なるから、記録的な暑さになる。一連の現象は上空を吹く偏西風の流れとも関係し、日本の天候に影響を及ぼしうる。北海道など日本の高温や蒸し暑さとも、間接的ながらかかわりがあるとみられる。

インド洋の高温のピークは、エルニーニョよりも3~6カ月遅れて起こる。エルニーニョの影響でインド洋が熱を蓄え、しばらくして放出するのを、電気回路における蓄電と放出になぞらえて「キャパシター(コンデンサー)効果」と呼ぶこともある。今は、まさにこの効果の最中だ。

インド洋とフィリピンの東沖の状態は、シーソーのように逆の関係にあることが知られる。今のようにインド洋で海面水温が平年よりかなり高く上昇気流が活発なときには、フィリピン沖は逆に上昇気流が弱まる。すると、日本に夏をもたらす小笠原高気圧の発達を促す気流ができにくい。

高気圧は日本の南海上で、西方に張り出すが、日本列島を覆うところまでは勢力を広げず中途半端な状態になる。この結果、高気圧のへりを回るように日本に暖かく湿った空気が流れ込み、不安定な天気をもたらしやすくなる。梅雨前線の活動が強まったり、ゲリラ豪雨が発生したりと、時には災害につながる激しい現象にもなる。

2016年夏の梅雨の特徴。南海上を西へ張り出す高気圧の周縁部を吹く風により、日本には暖かく湿った空気が入りやすくなる(ウェザーニューズ提供)

気象情報会社ウェザーニューズはこうした特徴を踏まえ、6月は梅雨前線の影響で西日本の雨量が平年よりやや多くなる可能性があると予想している。前線は7月には本州付近に北上し、暖かく湿った空気の影響で激しい雷雨や大雨になるところもあるだろうとみる。梅雨の期間を通して、特に九州では雨量が多くなりそうで、熊本地震によって地盤が緩んでいる地域では厳重に警戒するよう呼びかけている。

もう一つ、エルニーニョが終わった時の大きな特徴として、台風の発生が少ないことがあげられる。上昇気流が起きやすい海域の変化、海上を吹く貿易風(東風)の強さ、フィリピン沖の高気圧の勢力などの影響が、複雑に絡む結果だ。今年も5月30日現在、台風の発生はゼロ。5月になっても台風が一つもできないのは、1998年以来18年ぶりだ。

98年は年間を通しても台風の発生数は16と、平年の25.6個を大きく下回った。これ以前では83年、84年も5月まで台風はゼロだったが、年間ではそれぞれ23、27と、平年に近い個数だった。名古屋大学の坪木和久教授は「夏の後半に一気に発生することも考えられ、台風の動向を注視する必要がある」と指摘する。

今夏の場合、ラニーニャが発生しつつあるので話がさらにややこしくなる。ラニーニャはエルニーニョと逆に、熱帯太平洋東部の海面水温が平年より低くなる現象だ。夏にラニーニャがはっきりすると、太平洋高気圧の日本への張り出しは強まり、猛暑になりやすい。熱帯太平洋の海面水温は既にエルニーニョから、ラニーニャに近い状態に変わりつつある。

気象庁は「夏にラニーニャが発生する可能性が高い」と予測。米気候予測センターも同様の見通しで、「秋と冬にラニーニャが起きている確率は75%」としている。問題はラニーニャが始まる正確な時期と強さだ。

世界の気象機関や研究所の予測を総合すると、6~8月のどこかでラニーニャが本格化する可能性が高い。その効果が早めに出れば、現在のような「エルニーニョ後」の影響を打ち消し、日本の夏は猛暑に転じるかもしれない。少なくとも夏の後半から暑くなり、残暑は厳しいと考えて備えた方がよさそうだ。そこへ台風の多発が重なると、梅雨の豪雨→梅雨明け後の猛暑→夏の終わりから秋にかけての台風、と次から次へ激しい気象に見舞われるおそれも出てくる。

今の状況は、2010年の夏に似ているとの見方もある。この年もエルニーニョが春に終わり、夏からラニーニャが始まった。気象庁は当初、冷夏傾向になると予報したが、逆に猛暑になった。10年は台風の発生数も5月末までに1個しかなく、今年のように少なかった。

日本の夏の天候を左右する要素には、もちろんエルニーニョやラニーニャ以外の現象もある。熱帯で発生するMJOのほか、欧州からユーラシア大陸を伝わってくる、ある種の波動などだ。はるか遠くの大西洋の状態が、日本などに影響を及ぼすこともある。これらが互いに関係し合い、どんな気象になるかが決まる。最新のコンピューター予測をもってしても、すべてをズバリ正確に予測するのは難しい。

毎年の変化とは別に、10~20年単位の長期で考えると、熱帯太平洋の状態は過去十数年間続いた「ラニーニャが発生しやすい傾向」から、「エルニーニョが起きやすい傾向」に変わりつつあるといわれる。その中の短期の変動として、今回のラニーニャからエルニーニョへの移行が起きている。時間スケールの異なる2つの変化が同時に進行しており、このような時には極端気象が表れやすい。今は比較的静穏でも、最悪の事態を考えて備えをしておきたい。