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リーダーのマネジメント論

「突拍子もないことはしてないけど」伊藤忠・岡藤氏 伊藤忠商事 岡藤正広社長(上)

2016/5/31

中国最大の国有複合企業に約6000億円を出資するなど大胆な再編を次々仕掛け、朝型勤務など働き方改革を断行してきた伊藤忠商事の岡藤正広社長。もともと強みとする食料や繊維分野のみならず、機械など弱かった分野の業績を大幅に引き上げ、2016年3月期に最終利益で初めての商社首位を達成した立役者だ。商社業界で異彩を放つ岡藤流のマネジメント術について聞いた。

(下)「あいさつなんて安いもんや」伊藤忠・岡藤氏 >>

2010年の社長就任以来、業界の常識を破り、タイや中国の巨大企業と組んだり、次々と改革を打ち出したりしてきました。「商社の変革者」と呼ぶ人もいます。

「自分で意識したことはないが、『異能の経営者』と言われたり、今までの常識を覆したりしていると思われている。ただし僕自身は、あんまり変わったことをやるのは好きじゃない。突拍子のないことは一切やっていない。最近、お客さんや他の商社の人から『岡藤は基本に忠実に、まともなことをちゃんとやっている』と言われている。僕は自分でやり方を考えた後、課題などについて周囲に相談する。それで間違いがないとなれば、そろりそろりとやる。一気にはやらない。そしてその結果を検証していく。ただし考えたことをやり通し、社員に徹底させるためには、実行力やリーダーシップが必要。そこは僕の強みかもしれない」

「社長就任前、僕が長く営業をやっていた繊維部門がある大阪から見ると、東京の伊藤忠は官僚的な印象だったんや。厳しいルールに縛られ、元気がない。例えばコンプライアンス違反が1つあると、他にも同じようなことがないかを全社で調査をする。そしてより厳しいルールで、網をかぶせたりする。そのために、ものすごい労力や時間をかける。もちろん、『築城3年、落城1日』という言葉があるように、長年かけて築いた信用が1回の違反で一瞬にして崩れてしまうことは事実。ルールはしっかり守らないとあかんが、縛りすぎると良くないと思った」

伊藤忠商事社長 岡藤正広氏

「伊藤忠は生活消費関連が事業の中心で、日銭を稼ぐためにも、どんどん攻めないとあかんし、伊藤忠の良さを生かすべきだと思った。だから社長になった時、こんなメッセージを出した。人間の身体では毎日、5千個のがん細胞が出ていると言われているが、免疫力で抑えている。ひとつのがん細胞があっても、全身に放射線照射をしたらどうなるか。がん細胞は死んでも、体力がなくなり、結局人間の体を壊してしまう。無理やり治療することはやめ、本来の強みを大切にしようというメッセージや」

働き方改革も次々実施しましたが、成果は出ていますか。

「僕が社長になる前は会議がものすごい多かった。資料もびっくりするくらい分厚い。毎週月曜日は情報連絡会が午前9時半から正午すぎまで。世界の拠点のトップや東京のカンパニープレジデントが集まって色々と報告する。でも同じ人間ばかりが集まっても、同じ話ばっかりや。皆、社長に報告しないとあかんから、無理やり言うことを集めてきよるわけや。現場の社員も自分の仕事をいったんやめて、会議のために情報を収集せんとあかん。分厚い資料をつくり、付箋をつけて整理したりする。手間ばかりかかる。ある海外支社長から本社の会議のために1週間、毎日お客さんのところにいかず、会議の準備ばかりしていると聞き、これではあかんと」

「僕自身、会議と資料が本当に嫌い。それで社長になった後、会議と資料をかなり減らした。今、情報連絡会は1カ月に1回。それで空いた時間を使って外を回る。今年の5月には1カ月間をかけて、事業会社三十数社を訪問し、経営トップとか幹部、社員に声をかけたりした。無駄な会議をするより、関係会社やお客さんを回った方がよっぽどいい」

商社マンは夜の接待が仕事の基本だと思っていました。他社に先駆けて朝型勤務を実施しましたが、効果は上がっていますか。

「当時、ほぼすべての商社がフレックス制度を取り入れていた。伊藤忠も出社は午前10時ごろ。それで夜遅くまで残業したり、飲み会をしたり。ただ僕自身の経験からすると、残業する人間で仕事のできる人間は少ない。2次会、3次会まで飲み会をしても建設的な話はほとんどない。体力を消耗するし、家庭もうまくいかなくなる。伊藤忠は生活消費分野が中心なので、食料や繊維などお客さんの数がものすごく多い。お客さんから午前9時ごろに電話がかかってきても、まだ出社していないので対応が遅れる。それではあかんと」

「そこでまずフレックスをやめようとしたら、人事部から『十数年間やっている制度。社員の既得権なので、労使関係の悪化につながる』と言われた。それで半年間、課長級以上を午前9時までに来させる試行をしたら、皆、問題なく早く来られることが分かった。それで午前8時前に始業する社員にはインセンティブとして軽食と割増賃金を出し、本格的な朝型勤務の導入に踏み切った」

「ただし、お客さんとの付き合いも必要。飲み会を1次会で午後10時までにやめる『110運動』をやっているが、やらざるを得ない人はもっと遅くまでやってもいい。ただし問題を起こすリスクが高いから、注意するように呼びかけている。ケンカしたり、パソコンを忘れたり。朝型勤務の効果は確実に出ている。午前8時前に来る人間は導入前の2割から4割に増えた。午後8時以降の残業は3割から6%に減った。午後10時以降の残業もほぼゼロ。残業代も減っている」

「僕も午前7時すぎには会社に来る。朝9時までにやらないとあかんと思うと、ものすごく仕事の効率が上がる。午前9時までに打ち合わせを何回も終えて、資料も全部そろえる。気持ちがすっきりするわな。来客者と面会する前に、新聞を読んだり、株式相場をみたりする時間もできる。毎日、午後5時半か午後6時には会食に出かけるため会社を出ている」

15年にタイ最大財閥のチャロン・ポカパン(CP)グループと折半し、中国最大の国有複合企業、中国中信集団(CITIC)に1兆2000億円を投じる大勝負に出ました。日本企業とアジア財閥ががっちり連合を組むケースはありません。どうしてあの決断に至ったのですか。

伊藤忠はアジアの巨大企業と組んだ(2015年1月、香港での提携発表)

「伊藤忠は158年の歴史がある。関西系の繊維商社から始まり、東京へ攻めて、総合化を進めようとしてきた。重厚長大の分野にも進出したが、壁は高かった。電力会社などのお客さんは(三菱商事や三井物産など)財閥系の総合商社に付いている。石油やLNG(液化天然ガス)などを長期にわたり買ってくれる契約をもらい、それを担保に開発できる。伊藤忠の場合、重厚長大のお客さんにアプローチしても、『糸偏(いとへん)商社にできますか』とか言われ、相手にされなかった。それではあかんと、自社でリスクを取りやってみたら、出資後に経営が悪化した東亜石油で大損したり。不動産でも大型投資で損を出してきた」

「伊藤忠の歴史は、そういう挫折の繰り返しや。なぜかを考えると、弱いところで勝負するから駄目なんやと。総合商社なので、弱い分野もやらないとあかんけれど、弱いところはそこそこでいいから、強い分野を伸ばそうと。それも食料とか、繊維とかの単発ではなく、生活消費関連全般で勝負しようと考えたわけや」

「狙うべき地域は、人口が増え、マーケットが広がる中国を中心とするアジア。そのためには現地の強力なパートナーがいると考え、CP、CITICとの資本提携を決めた。CPは東南アジア、中国での事業運営力がある。CITICは中国で知見と信用力があり、資金も持っている。財閥系商社が資源分野で強くなったのは電力会社などのお客と組んだから。伊藤忠はそれがない。その代わりに、生活消費関連でノウハウを持っている会社と組もうと考えた」

「過去の先輩や先人たちの苦労や失敗を知って、その分析が大事や。そして過去の反省の上に立って違うやり方でやらないと、同じ失敗の繰り返しになる。営業マンは担当が変わると、前の担当者と同じ失敗を繰り返しがち。社長も一緒や。『今までの社長より自分の方が優れているから、同じことをやっても成功するかも』と思いがち。だから人の話をよう聞いて、自分も同じ間違いを犯すかも知れないことを、意識せんとあかん」

16年3月期は純利益でついに総合商社首位になりました。今後の経営目標は。

「三菱商事や三井物産などが(減損損失による赤字転落で)試合放棄したようなもので、まだ不戦勝や。うれしいものではない。やっぱり相手が万全なときに勝ってこそ値打ちがある。浮かれていたら恥ずかしい。本当の勝負は今期や。現在の伊藤忠にとって一番のリスクは役員や社員の慢心。1位になったからといって、ふんぞりかえっていたら、『成り上がり者』とたたかれるかもしれない。商売人は常に謙虚な立場が必要で、上から目線になったらあかん」

「どんな企業でも同じですが、特に商社では1年先がどうなるかも分からない。メーカーは世の中を自分たちでリードできる。例えば自動車だったらEV(電気自動車)とかを打ち出し、マーケットが後から付いていく。商社ではマーケットに自分たちが合わせないとあかん。商社は例えるならば、水に似ている。入れ物に合わせて形を変えないとあかんけれど、入れ物が丸なのか、四角になるのか、全く分からない。例えば資源で価格が急落することを3年前に誰が想像したやろか。だから一年一年が勝負になる。夢は、おこがましいが、常勝の三菱商事との商社2強時代をつくり、ナンバーワンを争っていきたい。これまで総合商社といったら財閥系商社というイメージがあった。今後は伊藤忠がリードしたい」

(代慶達也 渡辺伸)

岡藤正広氏(おかふじ・まさひろ)
1949年、大阪市生まれ。74年東京大学経済学部卒業、伊藤忠商事入社。繊維カンパニープレジデントなどを経て、2010年から現職。

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