金買いに動く投資家、マイナス金利が後押し

ブームと呼ぶほどの盛り上がりではない。それでも金地金と交換できる上場投資信託(ETF)や投資地金、金貨などへの投資は着実に拡大している。昨年から株価の乱高下が続き、為替相場も不安定さを増す。そこで資産運用の一部に金を組み込み、価値の安定を狙う投資家が増えてきた。

三菱UFJ信託銀行が2010年7月に東京証券取引所に上場した「金の果実」は、株式と同じように証券会社に開いた口座で売買できる。売買益が原則、譲渡所得として総合課税の対象となる地金投資と異なり、税制は株式投資と同じ。少額投資非課税制度(NISA)も利用可能だ。

一方で、希望すれば1キログラム単位の地金と交換(1回5キロまで)できる地金投資の顔も持つ。ETF投資に応じた現物の金は国内の金庫に保管され、交換する地金の基準は「純度99.99%以上」だ。先進国の投資地金や金貨では99.99%が主流で、国内ではもはや常識になっている。

9割以上は個人

「上場当初はあまりぱっとしなかった」(星治フロンティア戦略企画部長)というが、11年ごろから注目度が高まり、その後も投資人気は衰えていない。

金ETFの最大銘柄「SPDR(スパイダー)ゴールド・シェア」の投資残高は、1350トンを超えた12年12月のピークから、直近で870トン前後と3割以上減少した。対照的に「金の果実」の残高は国内投資家の買いで12年末比で8割近く増えた。5月10日時点の投資残高は446億円、投資家も約4万2千人に拡大している。

三菱UFJ信託銀によれば投資家の9割以上は個人だ。投資残高(口数)でみると12年以降は運用資産に「金の果実」を組み込む地銀や信金、投資信託や確定拠出型年金も増えてきた。星部長は「株価や為替相場の先行きが読みにくくなる中で、相対的に安定している金の国内価格が注目されるようになった」と分析する(グラフA)。

東証に上場する商品関連のETFや上場投資証券(ETN)では、野村グループの扱う「日経・TOCOM原油ダブル・ブルETN」の人気も高い。ただ、ETNは現物とは交換できない。「貴金属分野では金の果実のように現物交換型のETFが日本の投資家に好まれるようだ」(野村証券の塩田誠ETFマーケティング・グループ長)

「金の果実」で実際に現物の金と交換した投資家は100人に満たない。それでも、いざという時には国内で金と交換できる安心感が日本人の投資家をひき付けている(表B)。

三菱UFJ信託銀には「プラチナの果実」など金以外のETFもある。金に比べれば保有期間は短く、売買益を目的とする投資傾向があるという。同じ貴金属分野のETFでも、長期保有の金と、短期売買主体のプラチナや銀とは投資行動が違う。

貴金属大手で投資地金や金貨を購入する投資家も多い。最大手の田中貴金属工業では、1~3月の地金販売量が約8.2トンと前年同期に比べ35%増えた。11年以降の傾向をみても、歴史的な高値を受けた売却ラッシュが収束する中で、販売量はほとんど減少していない(グラフC)。15年以降は投資家の購入量が上回っている。

同社の年間平均小売価格がほぼ一貫して上がっていることを踏まえれば、今回の金買いは日本人が得意とする下げ局面の押し目買いだけでは説明できない。「世界経済に不透明感が強まる中、金貨などの小口投資でも短期に売却せず、長期保有志向の投資家が増えている」(加藤英一郎貴金属リテール部長)

田中貴金属工業には「マイナス金利になれば金投資に有利なのか、という問い合わせも目立つ」(同)という。もちろん国際市場は米国の利上げ動向に神経質で、日本のマイナス金利→金の値上がりという単純な図式は描けない。

世界需要2割増

金投資の最大の弱点は金利がつかないことだ。日本国内の投資では、マイナス金利にその弱点を薄れさせる意味がある。

東京海上アセットマネジメントの平山賢一チーフファンドマネージャーは「マイナス金利は中央銀行が自国の通貨の魅力を落とす政策であり、金などの実物資産が見直されるのは当然だ。仮想通貨のビットコインが脚光を集める背景にもマイナス金利の影響が無視できない」と話す。

金の国際機関、ワールド・ゴールド・カウンシル(WGC)が今月公表した1~3月の世界の金需要は、1290トンと前年同期比で21%増えた。けん引役は2倍以上に膨らんだ投資需要だ。WGCは欧州に続き、日本もマイナス金利政策を導入したことで世界経済への不安感が強まったことを要因に挙げる。

WGCの調べでは、主要先進国の国債利回りは消費者物価上昇率を引いた実質ベースで51%が「0%未満」(3月21日時点)に低下している。「債券利回りの低下は、株価が急落した場合の資産の安定効果も弱める。代替として金に注目が集まっている」(森田隆大WGC顧問)

もともと金投資の真意は値上がり益を狙うことではなく、資産の数%から1割程度に金を組み込むことで資産全体の安定性を高めることにある。金投資が再び拡大する背景には、その役割がマイナス金利導入で見直されていることも見逃せない。(編集委員 志田富雄)

[日本経済新聞朝刊2016年5月25日付]

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