BMWミニバンはちょっと高級なお取り寄せグルメだ
自動車ジャーナリスト 小沢コージ
マニアックなクルマ好きの予想に反し、ことのほか売れているBMW「2シリーズ アクティブ ツアラー」&「グラン ツアラー」。プレミアムなFRスポーツセダンやワゴンで有名なBMWブランドが、初めて手掛けた家族向けのFFハッチバック&ミニバンということで、一部で「迎合だ」「凡庸だ」などとも言われたが、結局2015年だけで7000台以上も売れ、今年は大台の1万台超えまで予想されている。
さらにビックリしたのが、より広くて実用的な日産「セレナ」やホンダ「オデッセイ」など国産ミニバンからの買い替えも多いという事実だ(前回「BMW、新FF戦略の本当の壁」参照)。
そこで小沢は7人乗りミニバンのグラン ツアラーでドライブに出かけてみた。借りたのはBMWが他に先駆けて導入したクリーンディーゼルエンジン搭載の「218d グラン ツアラー」である。
走り出して5秒で実感! しっかり感の高い走り
見た目はみなさんに見て判断していただくとして、まず実感したのは程よく使える室内だ。5人乗車で出かけたのだが、2列目に3人がフル乗車し、3列目を畳んでラゲッジにすれば、そこは容量560リットルと広い。
遊び道具を山のように積んでいったので、長尺モノは多少はみ出てしまったが、それでも使い勝手はラゲッジ容量650リットルの大型SUVのBMW「X5」とさほど変わらない。さすがはスペース効率の高いFFミニバンだと思ったが、同時にセレナやオデッセイにはかなわないことも実感した。3列目が狭すぎて大人がゆったりとは座れないからだ。
一方、それとはウラハラに走りがヤケにしっかりしていることに驚いた。まずは走り出して5秒で実感できるステアリングの剛性感だ。厳密に言うとBMWセダンほどの繊細な味はない。だが滑らかかつ重厚な手応えで、走る楽しさを十分味わえる。ボディー全体のガッチリ感や硬めだが安心できる乗り心地、静かさも十分なレベルで、まさにBMWクオリティー。シートの立て付けも予想以上に強固だ。
そのうえ、クリーンディーゼルならではの力強さもあり、アイドリングのエンジン音こそ最初は多少気になるが、走り出せばすぐに忘れる。それどころか圧倒的なトルクで、発進から高速まで味わったことのない加速が楽しめる。メーターで燃費を計ってみるとトータルでリッター約17kmだったことにも驚いた。
スタイルは多少不格好だが、顔つきは誰がどうみてもBMW。想像以上に"プレミアムカーを走らせている"喜びと実感があった。
毎日を少しぜいたくにする感覚
ふと、私はそこで気づいてしまった。もしやこのクルマは、ひとつ上をいく"お取り寄せハンバーグ"や"有名パティシエによる上質シュークリーム"のような存在かもしれないと。
お値段は確かに割高だ。一番安い5人乗りハッチバックの2シリーズ アクティブ ツアラーでさえ300万円中盤スタートなのだ。だが、国産ハッチバックやミニバンにはないプレミアム風味と紛れもないブランド力がある。しかも、その気になったら買えないほど高くない。まさに"少し上いく日常品"であり"プレミアムおそうざい"だ。
アクティブ&グランツアラーは、今までのBMWのように、2人しか乗れないスポーツカーやフォーマルなプレミアムセダンではない。アットホームで誰がどうみても優しいパパとママとかわいい子どもたちのための家族向け実用車だ。だが、そこがまたいいのだ。紛れもなく、地に足が付いた日用品だが、他より少し味が良い。普段味わうものをプレミアム化することで、つまらない毎日をちょっとぜいたくにするプレミアムビールのような存在だ。盆と正月にしか味わえない王道プレミアムではなく、"日常プレミアム"なのだ。だからこそ今まで国産ミニバンに乗っていた、普通ファミリー層でも買い替えたくなるのだ。
どんな人にも欲望がある。タマにはぜいたくしたいと思っている。かといって日常的に三つ星レストランや高級温泉旅館には行けない。だが、手が届く範囲でおいしいお総菜やちょっとした嗜好品は味わいたい。もしやBMWの新ツアラー兄弟はそういう需要にハマり、ツボをついたのだ。
意外なところに新市場を見つけたBMW。プレミアムの開拓に終わりはないのかもしれない。
自動車からスクーターから時計まで斬るバラエティー自動車ジャーナリスト。連載は日経トレンディネット「ビューティフルカー」のほか、『ベストカー』『時計Begin』『MonoMax』『夕刊フジ』『週刊プレイボーイ』、不定期で『carview!』『VividCar』などに寄稿。著書に『クルマ界のすごい12人』(新潮新書)『車の運転が怖い人のためのドライブ上達読本』(宝島社)など。愛車はロールスロイス・コーニッシュクーペ、シティ・カブリオレなど。
ワークスタイルや暮らし・家計管理に役立つノウハウなどをまとめています。
※ NIKKEI STYLE は2023年にリニューアルしました。これまでに公開したコンテンツのほとんどは日経電子版などで引き続きご覧いただけます。