感情の渦描くドラン 死の匂い漂うレフンの美カンヌ映画祭リポート2016(9)

グザヴィエ・ドラン監督「まさに世界の終わり」
グザヴィエ・ドラン監督「まさに世界の終わり」

カナダのグザヴィエ・ドランとデンマークのニコラス・ウィンディング・レフン。新しい映像表現の担い手として、いま最も注目されている才能が会期終盤になってコンペに登場した。

20日に上映されたグザヴィエ・ドラン監督「まさに世界の終わり」はフランスの劇作家ジャン=リュック・ラガルスの同名戯曲の映画化。ラガルスは1995年に35歳の若さでエイズのため世を去った人で、現在フランスで最も上演されている現代劇作家の一人だという。

若手作家のルイ(ギャスパー・ウリエル)が12年ぶりに故郷の実家に戻ってくる。病のために死期が近づいており、それを家族に伝えるためだ。母(ナタリー・バイ)、兄(ヴァンサン・カッセル)、兄嫁(マリオン・コティヤール)、妹(レア・セドゥ)がルイを迎える。

厚化粧でどこか鈍くて気の回らない母、ルイにあこがれていて興奮気味の妹、エゴイストでいつもイライラしている兄。そんな家族を一歩引いて冷静に見つめる兄嫁。家族にはそれぞれ欲求不満がある。退屈な町や醜悪な家族にうんざりしている。そんな不満がルイの帰郷を契機に、せきを切ったようにあふれ出す。それぞれがそれぞれの思いのたけをしゃべり、時に激しい口論になる。ルイはなかなか自分の話を切り出せない……。

家族5人の会話だけで成立するドラマであり、ほとんどが家の中で展開する。どこかテネシー・ウィリアムズを思わせるような会話劇だが、個々の人物の心はもっと空漠としていて、つかみどころがない。言葉の背後に沈潜している感情、家族の間に渦巻いている感情を、ドランは生々しく画面に定着させる。

「わたしはロランス」(2012年)で見せた奔放な色彩設計や、「マミー」(14年)で試みた大胆な構図といった映像のマジックは影をひそめているが、それでも随所にハッとする映像がある。パプリカで彩ったサラダ、青空にひるがえるブランケット、室内に入ってくる鳥たち……。

そんな一瞬の光景と、当代きっての演技派俳優たちの一瞬の表情を見逃さず、エモーションの渦を確実にとらえている。27歳のドランの最高作とは言い難いが、大器ぶりを証明する作品だ。

ニコラス・ウィンディング・レフン監督「ネオン・デーモン」

「ドライヴ」(11年)で監督賞を受けたニコラス・ウィンディング・レフン監督の新作「ネオン・デーモン」はトップモデルたちの美と嫉妬の世界を描く。前作「オンリー・ゴッド」(13年)で「暴力」に備わる恐怖とスリルを生々しく描き出したレフンだが、今回は「美」に備わる恐怖とスリルに迫っている。

冒頭、ピンクの口紅を引いた美しい少女の顔が大写しにされる。低音の効いた音楽に乗って、カメラが少しずつ引いていく。少女は首と腕を切られていて、血だらけでソファに横たわっている。いきなり殺人か、と思いきや、それは撮影用のメークであることがわかる。

楽屋で血のりを落とすのは、ロサンゼルスに出てきたばかりのモデルのジェシー(エル・ファニング)。完璧な容姿と若さをもつ彼女はオーディションでもすぐに好感をもたれる。審査で落とされたモデルは嫉妬のあまり、トイレの鏡を粉々に割る。ジェシーは砕けた鏡で手を切り、血がどくどくと流れる。

プールの飛び板の上に立つジェシーは、3人の女に追い詰められ、水のないプールに突き落とされて死んでしまう。月明かりに照らされた裸の死体の股間から血が流れる……。

そんな異様なシーンがほとんど脈絡もなく次々に現れる。時に耽美的で、時にグロテスクだ。現実なのか虚構なのか戸惑うことも多い。モデルの身体をなまめかしくとらえながら、背景は極度に抽象化されている。メークをするジェシーの後ろで、壁の照明がだんだん赤くなるなんて、まるで鈴木清順だ。

レフンの奔流のような美のイメージは、常に死の匂いを漂わせる。これをどう味わうか。清順を愛するレフンらしい虚構との戯れを楽しめるかどうかで、評価は分かれよう。コンペ出品作で最も冒険的な作品だ。ちなみに19日のプレス向け上映はブーイングの嵐となり、罵声も飛んだ。

               ◆

ショーン・ペン監督「ザ・ラスト・フェイス」

20日のコンペで上映された米国のショーン・ペン監督「ザ・ラスト・フェイス」は内戦下のアフリカの医療団で働く2人の医師の物語。愛し合う男女の医師をハビエル・バルデムとシャーリーズ・セロンが演じる。

アフリカ各地で医療活動をしてきた女性医師レンの目を通して、内戦の実態がリアルに描かれる。襲撃や略奪、盗賊の乱行。レンはリベリアで出会ったミゲルと恋に落ち、以来2人はよきパートナーとして、緊迫した状況の下で、医師としての使命を果たしていく。しかし過酷な状況が続くなか、問題解決のための考えの違いから、別の道へと進む。

戦争や紛争を描く作品が今年のコンペでは少ないが、状況が好転したわけではない。南アフリカ出身で国連平和大使にも任命されたシャーリーズ・セロンの強い意志が伝わってきた。

アスガー・ファルハディ監督「セールスマン」

コンペの最後の一本に選ばれたイラン映画「セールスマン」は、「彼女が消えた浜辺」(09年)、「別離」(11年)のアスガー・ファルハディ監督らしいミステリー仕立ての人間ドラマ。教師一家が引っ越してきたばかりのテヘランのアパートで、妻が何者かに襲われる。部屋に残された遺留品から、夫は侵入者を割り出し、報復しようとするが……。

ファルハディがいつも描くのは近代的な生活をしている都市生活者だ。そのちょっとしたゆがみが大きな亀裂となるさまを、緻密な脚本により、謎解きを絡めて描き出す。今回もそうだ。主人公の教師と妻は劇団の俳優でもあり、アーサー・ミラーの「セールスマンの死」を上演しているさなかに事件が起きる。近代人の疎外感を描き出した舞台と、アパートの事件の謎解きが同時進行し、大詰めに向けて二重写しになる。ファルハディの主題は一貫しているが、劇中劇を導入し、より知的な構成を試みている。

日本作品への現地紙の評も出そろった。深田晃司監督「淵に立つ」は「深田は全ての登場人物が隠し込みすぎて発酵した秘密、直面する抑圧、口に出さない行動様式を、主題の循環の力によって激しく批判する」(ルモンド)、「幸せな順応主義の見かけの下にある無秩序の芝居を巧みに整え、ひそかな音で巧妙に演出する」(リベラシオン)と好意的に評された。是枝裕和監督「海よりもまだ深く」には「面白い言葉や滑稽な状況の中で、ふとした折りに隠された痛み、失望が露出する。是枝は登場人物たちが住む無味乾燥な団地のベージュとグレーの単色画の中に、これらの気分を集めて見せる」(ルモンド)と深い理解を示す評があった。

パルムドールが発表される閉会式は22日19時15分(日本時間23日2時15分)に始まる。

(編集委員 古賀重樹)

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