職場でいつ怒ればいいのか、わかりません
著述家、湯山玲子
私はよく世の中の理不尽にプンスカ怒っていますが、他人に怒りをぶつけることに関しては慎重なタイプです。怒りというのは、それを受ける人間にとってはひとつの暴力。怒りをぶつけられた側は傷つき、その理由をまず考えて(謙虚を知る大人ならば、まず自分を顧みるものです)、納得がいかなかった場合、恐怖や嫌悪、違和感、遺恨などの悪感情を持つものだからです。なので、私が人に怒るのは、悪感情をもたれてもいい、という覚悟がある時だけ。
実際は怒っても、根に持たれないケースは多々あります。それは相手が後で理由を納得して、「自分のためを思って怒ってくれた、愛のむちだったのだ」と飲み込んで、反省してくれたからにほかありません。とはいえ、その打率は五分五分。怒りは暴力だということは、肝に銘じておいた方がいい。
この観点から相談者がお悩みの「正当な怒りどころ」を考えると、相手が自分の存在を具体的におびやかしてきたり、意地悪を仕掛けてきたり、危害を加えたりしている時のみになります。つまり、迎撃ミサイルです。そもそも相手は自分によい感情をもっていないわけだから、堂々と怒りをぶつけることができますよね。結果、反省してくれれば御の字だし、「この人、怒ることができるコワい人だったんだ」とインプットできれば、抑止力にもなります。
ただし、正当な怒りどころが見つかったとしても、「キレる」という行為に出てはダメ。我慢に我慢を重ねた結果、突然の怒りを相手にぶつけてしまう行為のことですが、当人はスッキリするものの一般的に、特に女性の場合はヒステリーと片付けられるのがオチです。相談者が心配する「怒ったらつまらない人間と思われる」ケースは、まさにこのパターンでしょう。
ひとつ、日本の会社に男女差別が歴然とあった時代の、女性の先輩のエピソードを紹介しましょう。彼女が会社代表として参加した海外視察旅行に、会議のたびに紅一点の彼女を小ばかにする差別発言を繰り返す男性がいたのです。視察中は抑えていましたが、最終日の夕食会で、彼女はその手の発言をまたも繰り出した彼に向かってついに言い放ったのです。「アンタ、今まで黙って聞いてきたけど、どういうつもりよ」。本気の怒りを表明し、毅然と席を立った。結果、その場にいた男性陣が彼女の部屋まで謝罪しに来て、セクハラ男はメンバーを辞めざるを得なくなったという顛末。
彼女はキレるのではなく、怒りの言葉をじっくり胸にタメておいて、ここぞというタイミングを待って放った。これこそが「正当な怒りどころ」の真骨頂というべきものなのです。
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[日経プラスワン2016年5月21日付]
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