「不夜城」変化の光 霞が関にフレックスの夜明け

2016/5/21
「不夜城」と呼ばれた霞が関で4月、全省庁の国家公務員を対象にフレックスタイム制が全面導入された。深夜勤務や長時間労働が当たり前とされる職場で働き方改革にどうつながるのか。制度を使う女性職員の取り組みを追った。

内閣人事局 山川朋美さん

保育園でのお迎えを終え帰路につく内閣人事局の山川さん親子(東京都葛飾区)

内閣人事局の係長、山川朋美さん(35)は、小学1年生と1歳を育てる2男の母。育児のため勤務時間を短縮していたが、4月からフレックスタイム制に切り替えたことでフルタイム勤務に戻ることができた。働けるときにしっかり働いて早い時間に帰ることで、「仕事と子育ての両立がしやすくなった」と話す。

通常の平日は、定時より早い午後5時に退庁して、保育所にいる次男とサッカーを習う長男を迎えに行く。この春小学校に上がった長男は学童に通うことよりも、サッカーを習いたがった。同制度がなければ希望をかなえてやれなかったし、自分がフルタイムに戻ることもできなかった。

「在宅」組み込み育児と両立

「制度だけでなく、家族や職場の協力があってこそ」。いつも早く帰る分、夫が平日休みの日は子育てを任せて朝早くから夜遅くまで働く。テレワーク(在宅勤務)も使い、仕事に支障が出ることはない。日によって働き方が異なるため事前に登庁と退庁時間を周囲に伝える。仕事では参事官、調査官など多くの人が絡むが全員に自分の予定を把握してもらえば円滑に進む。

フルタイム勤務に戻ったことで短時間勤務の時に比べて責任のある仕事が任せられていると実感している。長男の育休から復帰したころはまだ、職場に子育て中の女性も少なく、国会対応での超過勤務を免除してもらった時などは「負い目があった」という。

もともと、国家公務員の働き方について「男女にかかわらず、職位に求められる成果は発揮しなければならない」と考えてきた。今では省庁にも育児中の女性が増えており、結果を出して定時で帰る人が多くなれば柔軟な働き方への理解が浸透していくと感じている。

財務省 東海梨香さん

フレックスタイム制を利用し出勤する財務省の東海梨香さん(東京都千代田区)

「自分の一日の仕事をどこで終わりにするか、とても意識するようになった」。財務省の税関考査官、東海梨香さん(43)は経済連携協定(EPA)における原産品の国際交渉などを担当する。4月からフレックスタイム制を利用し始めた。仕事はやろうと思えばどれだけでもある毎日だが、働き方を改善しようという意識が高まったという。

これまでも、通勤ラッシュを避け早く出勤する夫に合わせ、始業時間より1時間早い午前8時半には登庁していた。フレックスタイムの導入によって、早く出勤した分だけ、早く帰宅できるようになった。

だが、実際に早く帰れた日はそう多くない。国会対応で答弁を準備しなければならないときなどは、どうしても残業せざるを得ない。ただ、「仕事を早く終わらせればその分早く帰れると意識できるようになったことが一番大きな変化」という。

「ここで区切る」決断が大事

実際には、他の同僚が働いているなかで午後5時台に帰ることは気が引ける面もある。フレックス制度を実のあるものとするには、自分のなかで「帰ろう」と割り切ることが大切と痛感する。周囲には、同制度を利用している男性の上司もおり、定時に退庁している。幹部との打ち合わせを始業前の朝早い時間帯に入れることも可能になった。こうした環境ができつつあることで、同制度の利用も広がる。

早く帰れる日には、平日でも趣味のランニングをしたいとはにかむ。平日に休みをとる夫とゆっくり夕食を食べる機会も増やしたいし、「他にも色々自己研さんしたいことがたくさんある」。あきらめていたことが実現できそうな道筋が見えてきた。

霞が関のフレックスタイム制は、1日5時間の決められたコアタイムに働けば、個人が自由に出勤時間を指定することができる。毎日バラバラの時間に出勤したり、仕事が集中することが見込まれる月末に代わって月初めの勤務時間を減らすなど仕事の量に緩急をつけることも可能だ。1日の平均勤務時間が7時間45分となるように、1週間の合計が38時間45分または1カ月間の合計が155時間であればよい。

既に国家公務員では研究職や専門職を対象に同制度が導入されていたが、4月から全ての職員に拡大された。きっかけは猛烈な危機感だ。2014年、各省の事務次官級が集まる「女性職員活躍・ワークライフバランス推進協議会」で、「組織の生産性・持続可能性を高めるには、働き方に対する価値観を抜本的に変える必要がある」ことが指摘された。各省庁のトップ層には、優秀な人材が集まらなくなることへの懸念も強かった。

制度導入の背景には、国家公務員の女性採用比率が3割を超えるようになり、民間企業同様に子育てと仕事を両立させキャリア形成を中断しない働き方が求められるようになったことがある。男性職員も含めて、長時間労働が当たり前とされた霞が関の働き方を見直すことが求められている。

上司も部下も意識改革

フレックスタイム制そのものは、民間企業が先行しており決して目新しくはない。霞が関で同制度の全面実施が始まったことは、長時間労働の改善に向けようやく重い腰を上げたともいえる。実際、国会待機が必要な部署や海外との時差がある外務省など、自分のペースで時間を管理できない仕事も少なくなく、フレックス制がなじみにくい職場は多い。

それでも、同制度を使う人が出始めることで、働き方改革の効果は出つつある。内閣人事局の山川朋美さんのように、育児などで短時間労働を余儀なくされていた人がフレックス制でフルタイムで働けるようになれば、キャリア展望も見通せモチベーションも高まる。

ただ、同制度の利用状況は省庁によってバラバラで、使っている人もまだ少ない。効果やメリットを実感するには至っていない。働き方改革に向けて制度をつくっても、実現させるには組織のトップや管理職の意識が変わらなければ始まらない。

霞が関で働き方改革が進むことのインパクトは大きい。学習院大学の松原光代特別客員教授は、「日本の社会全体に、働き方を見直す必要があるという意識を浸透させることにつながる」と期待する。

(林咲希)