「悪夢障害」を知っていますか

日経ナショナル ジオグラフィック社

2016/5/31
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ナショナルジオグラフィック日本版

閉じ込められる、身動きがとれない
愛する人の裏切り

迷う、迷子
けが、傷つく
歯が抜ける
人前で裸になる、露出する
試験に落ちる
追いかけられる
落下する

これらは、ある米国人ブロガーのサイトに載っていた「よく見る悪夢トップ10」だそうである()。

出典が示されていないので調査方法も対象者も、したがって真偽も分からない。それでも「あるある」と感じた方は多いだろう。個人的には「歯が抜ける」がランクインしているのがいかにも歯並びを大事にする米国人っぽくて面白かった。日本人の悪夢ではランクインしないのではなかろうか。

悪夢の内容については哲学、心理学、精神分析学などで数多くの研究が行われている。悪夢に限らず、一般的に夢の内容は社会文化、教育、嗜好、年齢、性別、ライフイベントなどさまざまな要因の影響を強く受ける。夢内容は抑圧された欲望や不安を反映すると主張する研究者もいるが、根拠がないとの批判も強い。それほど夢内容は百人百様だが、ストレス状況下で悪夢が増える傾向が高まることは間違いないようだ。

悪夢は日々ストレスにさらされている大人に多いように思うかもしれないが、実はむしろ子供に多く、6~10歳頃が悪夢を見やすいピーク年代である。種々の調査によれば子供の10~50%は親が心配になるほど強烈な悪夢をみる。一般的に成長に伴って悪夢の頻度は減ってくるが、一部の人では長期間にわたって悪夢が持続する。成人の2~8%は今現在、悪夢のために悩んでいるとされる。

(イラスト:三島由美子)

悪夢障害の診断基準とは

ちなみに自分の悪夢を紹介しろと言われれば、幸いなことに「もの凄く高い竹馬に乗っている夢」くらいしか思い当たらない。小さい頃に竹馬がはやった時期があり、熟達してくると遊び仲間と高さを競うようになった。ついには支柱の上部3分の1あたりに足台を固定し、しゃがむようにして乗り回していた。そんな無茶な乗り方をしていれば当然なのだが、転倒して流血したことも二度三度ではきかない。

それが原体験だと思うのだが、夢では足台がなんと「屋根の上」の高さにあり、最初はなんとか乗り回しているものの、電線に触れないように身をひねった拍子にゆっくりと斜め前に倒れ込み……、といった夢を数年に1回のペースで見る。ところが、確かに「あ、まずい」と焦るのだが現実感に乏しく、また不思議なことに斜め30度あたりで夢が終了するため、朝に目覚めても特段「怖かった」と感じることはない。これは悪夢と呼ぶのだろうか?

実は、悪夢について調査しようとすると最初にぶち当たるのが悪夢の定義の難しさである。悪夢は血圧や血糖値のように数値で測定することができない。そのため私の夢のように「悪夢」と「不愉快な夢(嫌な夢)」の境界がはっきりしないことも少なくない。先に紹介した悪夢に悩む人のパーセンテージに大きな開きがあるのも調査によって悪夢の定義や不快度(悩み度)の評価方法が異なるためである。

しかし現実には、繰り返す悪夢で心身の不調を生じ医療機関に相談に来る人がいる。そこで医学的には悪夢を内容で定義するのではなく、その夢によって眠りがどれだけ妨げられるかで判定することに決めてある。悪夢で眠りが妨げられる代表的な睡眠障害の1つに「悪夢障害」がある。

悪夢障害の診断基準

1.中途覚醒(夜間の目覚め)が繰り返しみられ、そのときにかなり不快な夢が思い出せる
2.夢は恐怖や不安、怒り、悲しみ、嫌悪感など不快な感情を伴う
3.目を覚ましてからも悪夢の内容をはっきり思い出せる
4.悪夢で目が覚めた後、再び寝つくのに時間がかかる
5.明け方に悪夢を見る
※1、2、3は必須。4、5はいずれか片方だけでよい
(睡眠障害国際分類の基準を筆者が簡略化した)

この診断基準のポイントは、「悪夢で目が覚める」こと。患者さん自身が判定しやすいように時間軸を逆転させて「目が覚めたらすぐに悪夢を思い出せる」と定義された。悪夢の内容についての基準はない。不快な感情を伴った夢であれば内容や不快度を問わず中途覚醒の原因と考える。

悪夢障害の治療法は?

悪夢障害で認められる悪夢は子供の頃から始まることが多く、何十年も悪夢体験が持続することもある。繰り返す悪夢のために、疲労回復感がない、眠気、うつ気分、眠ることへの恐怖などから日常生活に支障が出ることも少なくない。

逆に、繰り返す悪夢はうつ病や不安障害など何らかのメンタルヘルスの問題を抱えている人に多いとも言われているので要注意。自殺との関係については「自殺と睡眠の因果関係」の回でもご紹介した。ただし、頻回に悪夢を経験する人は他者への配慮に富み、寛容で、芸術性や創造性に優れていることが多いとも言われている。感受性が豊かであることも悪夢が増える要因なのかもしれない。

悪夢との関連が最も有名な疾患は心的外傷後ストレス障害(Posttraumatic stress disorder、PTSD)である。PTSD患者の多くではトラウマに関連した悪夢が出現する。半数以上はPTSDの改善と共に悪夢も消褪(しょうたい)していくが、重症の人では一生持続することがある。

PTSDの悪夢はほかの悪夢と発生メカニズムが異なるらしい。というのも、悪夢障害の夢は明け方のレム睡眠中に多いのだが、PTSDの悪夢はレム睡眠だけではなく浅いノンレム睡眠中にも出現するなどの違いが見つかっているためである。

また、PTSDで悪夢が多い理由については諸説ある。悪夢がトラウマ記憶の消去に役立っている、いや逆にトラウマ記憶を固定してしまうので受傷直後は睡眠をとらせない方が良い、PTSD患者が重度の不眠に陥るのはトラウマ体験を忘れるための自己防衛の一種だ、ナドナド。この方面の研究については機会を改めてご紹介したいと思う。

悪夢は薬剤でも引き起こされることがあり、発生メカニズムを考える上で貴重な情報となっている。降圧薬(βブロッカー)、パーキンソン病の治療薬(L-ドーパ)、認知症治療薬(アセチルコリンエステラーゼ阻害薬)、抗うつ薬、抗ヒスタミン薬などはその代表である。これらの薬剤は、睡眠調整に関わるドーパミン、アセチルコリン、ヒスタミンなどの神経伝達物質の働きに影響するという共通した特徴をもつ。この方面の研究が進めば、将来的には悪夢の治療薬の開発につながる成果が得られるかもしれない。

最後に現在行われている悪夢の治療について簡単に紹介する。精神疾患や薬剤など悪夢の原因がはっきりしている場合にはその対処を行うのが基本である。原因がはっきりしない繰り返す悪夢に対しては自律訓練法が有効とされる。自律訓練法とは心身のリラクゼーションを得るための自己催眠法の一種である。そのほか、レム睡眠を抑え、不安を和らげるいくつかの薬物療法もある。

今回ご紹介したように、目覚めを伴う悪夢は睡眠障害の一種である。しかも大人の悪夢は長引きやすい。お悩みの方は、メンタルヘルスチェックも兼ねて専門医を受診されては如何だろうか。

注:http://www.playbuzz.com/calypsokofae10/10-most-common-nightmares-and-what-they-really-mean

(イラスト:三島由美子)
三島和夫(みしま・かずお)
1963年、秋田県生まれ。医学博士。国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所精神生理研究部部長。1987年、秋田大学医学部医学科卒業。同大精神科学講座講師、同助教授、2002年米国バージニア大学時間生物学研究センター研究員、米国スタンフォード大学医学部睡眠研究センター客員准教授を経て、2006年6月より現職。日本睡眠学会理事、日本時間生物学会理事、日本生物学的精神医学会評議員、JAXAの宇宙医学研究シナリオワーキンググループ委員なども務めている。これまで睡眠薬の臨床試験ガイドライン、同適正使用と休薬ガイドライン、睡眠障害の病態研究などに関する厚生労働省研究班の主任研究者を歴任。『8時間睡眠のウソ。日本人の眠り、8つの新常識』(川端裕人氏と共著、日経BP社)、『睡眠薬の適正使用・休薬ガイドライン』(編著、じほう)などの著書がある。

(日経ナショナル ジオグラフィック社)

[Webナショジオ 2016年4月14日付の記事を再構成]

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