申告期限と分割期限は別
「アキラ(弟の名)、早く遺産分割協議書にハンコ押してくれよ」
「兄貴はそういうけど、俺はまだ分け方が腑(ふ)に落ちないんだ」
「だけどぐずぐずしてたら、もう10カ月たっちゃうじゃないか」……。
相続では遺産を相続する人たちが全員で話し合い、分け方を決めて「遺産分割協議書」を作る必要があります。ところがこんな感じで、「もうすぐ申告期限だから早くハンコを押しなさい」と言われて納得しないまま、遺産分割協議書にハンコを押してしまう方がよくいます。相続税の申告には期限がありますが、分割協議には期限がありません。いたずらに話し合いを拒否して長引かせたりするのは迷惑な話ですが、心の中でモヤモヤしながら分割協議書にハンコを押しても後からトラブルになるケースが多いため、注意が必要です。
二大特例を生かすには期限内に分割を
相続税の申告期限は相続開始(親の死亡など)を知ってから10カ月以内となっています。適用できれば効果が大きいのに、この期間までに分割協議が整っていないと適用できない特例が2つあります。「配偶者の税額軽減」と「小規模宅地の評価減」です。
前者の配偶者の税額軽減とは、配偶者が法定相続分(相続人が配偶者と子供の場合には1/2)までの取得について相続税がかからないという制度です。後者の小規模宅地の評価減とは、自宅を相続した場合に最大80%まで評価額を減額できるというもので、仮に1億円の自宅を相続しても相続税の評価額は2000万円として計算できる制度です。この2つの特例とも節税効果が大きく、また分割協議の成立が要件となっているので、税理士としては「なんとか期限に間に合わせて申告したい!」という気持ちが働きます。
3年以内に分割すれば適用可能
ただ、申告期限までに分割協議が整わない場合でも、申告期限から3年以内に分割が行われれば上記の二大特例は適用可能となります。この場合には未分割の期限内申告書に「申告期限後3年以内の分割見込み書」を添付することになります。とりあえず納税資金の用意があるならば、10カ月の期限にこだわらず、落ち着いて分割協議を整えてもよいのです。
相続税を払ったあとに贈与税も!
以下は以前相談にこられたA氏のケースです。彼は分割協議で納得がいかない点があったため最後まで粘り強く兄弟と交渉していたのですが、長男から「お前以外はみな納得している。あとでオレが相続した土地をお前の名義にしてやるから、とりあえずハンコを押してくれ」と言われて押印しました。その分割に基づいて相続税も納付し、そののちに兄が相続した土地を約束通りA氏の名義にしました。
ところが、この手続きを自ら法務局で行ったら「兄から弟への贈与」として登記され、後日税務署から呼び出され、贈与税が課せられてしまいました。当人同士は弟名義にするところまでが相続手続きだと思っていましたが、税務署から見れば「相続後に兄弟間の贈与が行われただけ」だったのです。
弁護士や司法書士はOKというけれど……
いろいろな相続の専門家に「遺産分割協議はやり直せますか?」と質問したとしましょう。そう聞くと、弁護士は「全員が合意すればできますよ」と回答し、司法書士は「新しい分割協議書に押印していただければ登記できますよ」とアドバイスします。しかし税理士からすると「No! やり直しなんてとんでもない」と叫びたいところです。
なぜならば、税務の世界では「分割協議のやり直しはできるが、贈与税や所得税がかかる」からです。登記の仕方が「贈与」ではなく「錯誤」や「真正なる名義回復」であっても、税務上は同じ扱いになります。税務上のやり直しが利くのは偽造された場合など、そもそも分割協議が成立していなかった場合だけです。従って冒頭の通り、安易に妥協せずにちゃんと納得してから遺産分割協議書にハンコを押すのが正解なのです。
