小曽根真さん ジャズとクラシックの両方を弾く
ジャズピアニストの小曽根真さんがクラシック音楽でも活躍の場を広げている。5月にはチック・コリアさんとピアノデュオの日本ツアーを展開し、2人でNHK交響楽団とモーツァルトの「2台のピアノのための協奏曲」も弾く。10月には東京都交響楽団とバルトークの楽曲を中心とした公演を開く。ジャズとクラシックの両方を演奏する意義を聞いた。
「昔はクラシック音楽に抵抗があった。楽譜に書いてある音楽を弾くなんて、まるで自分が話したいことを他人の言葉でしゃべっているようで。ところが実際に弾いてみて、人の言葉からどれほど学ぶことが多いかを知った」。4月26日、東京・銀座のヤマハ銀座ビル別館の練習室に現れた小曽根さんは、ピアノの演奏を交えながらこう話し始めた。
モーツァルトやショスタコーヴィチ、プロコフィエフのピアノ協奏曲、ピアノ即興入りのラヴェルの「ボレロ」など、小曽根さんはここ数年、コンサートでクラシック音楽の作品を積極的に取り上げている。「クラシックの作品を弾くということは、お芝居を見に行く側ではなく、役者になってセリフを言ってみてその芝居のすばらしさを理解できるようになる感じ。以来、クラシックは自分にとって切り離せないものになった」と演奏の醍醐味を語る。
クラシックの何が小曽根さんを魅了するのか。ジャズとクラシックはまるで対極にある音楽だ。ジャズは演奏者が即興で音を一つ一つ自分で決めていく。クラシックは作曲家の意図をくみ取りつつ、楽譜に沿って演奏するのが基本だ。
ところが、小曽根さんはクラシックを演奏するようになって、楽譜で音こそ決まっているものの、実はかなりの自由度があることに気付いたという。「楽譜に書かれた音をどういう音色で、どう表現するかが勝負どころだと知った。一つの音を弾くにも、その強弱はもちろん、響きや余韻などでいろいろな表情が出せるのが面白い。楽譜にもいろいろ指示は書いてあるけれど、最終的にどんな音を出すかを決めるのは奏者。自分なりのクラシックを弾く中で、自分の感情を表現することに意味があると思う」と話す。
小曽根さんはインタビューの合間にもすぐ鍵盤に向かって「例えばこんな感じ」と次々に演奏してくれた。まさに言葉で話すように、音楽を奏でる。小曽根さんの手にかかると、ショパンの「子犬のワルツ」も南米のラテン風のリズム感を強調したノリのいい曲に変身する。
「クラシックをジャズっぽくアレンジするのは難しくない。そうすれば新たな魅力が出てくる場合もあるが、ただ混ぜたのではどちらの良さもなくなりかねない。目指すのはジャズとクラシックの融合ではなく、共存です」。それぞれの世界観を壊さず、リズムやテンポの取り方など弾き方を変えたりしてさらに魅力的な音楽にすることが重要だという。
例えばモーツァルトは「曲の構成がシンプルなので、『どうぞ音で遊んでください』と言われているようで、いろいろなアイデアが浮かぶ」。一方、ベートーベンの場合、「これ以上いい音の並びがあるならどうぞ、と挑戦状を突きつけられているよう。いろんな弾き方を試してみたが難しい。悔しいけれど恐れ入る」。
作曲もする小曽根さんは、クラシックを弾くようになって自身の作品にも変化が出てきたと実感する。ジャズの世界ではほぼ使われない音の並びに出合うことも多く、「ボキャブラリーが広がって、自分の作曲にも新しい発想で臨めるようになった」。
小曽根さんがクラシックに活動領域を広げたのは2003年から。今では国内外のオーケストラとたびたび共演する。クラシックの演奏を始めた当初は酷評もされたが、「継続は力なり。練習の積み重ねを聴く方々に分かってもらえる」と感じている。「一番大事なのは自分の音楽を作ること。作曲家の言葉を使って、自分の物語としてしゃべる」との姿勢で臨めば、クラシックにもジャズとの共通項を見いだせる。
「自分はあくまでジャズの世界で生きていく。それでもクラシックはこれからも弾き続けたい」と言う。「モーツァルト、バッハ、ベートーベンと、大作曲家の作品をつまみ食いしてきた。これからもクラシックの演奏を通じて新しい世界をみせてもらえると思うと、わくわくする」。自らがジャズからクラシックの世界へと境界を飛び越える一方で、「クラシックからジャズの世界へと入ってくる演奏家も大歓迎。おもしろい音楽ができるはず」と期待している。
(映像報道部 槍田真希子)
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