たくさんの人を巻き込むからこそ大きなことができる東大発バイオVB社長、高橋祥子が読む「井深大の履歴書」(下)

東京大学発ベンチャーで個人向け遺伝子解析サービスを手がけるジーンクエスト(東京・品川)の高橋祥子社長がソニー創業者、井深大さんの「私の履歴書」を読み解く2回目。1988年生まれの高橋さんは、1908年生まれでちょうど80歳ちがう井深さんの自叙伝に何を見出したのだろうか。

ソニー創業者の井深大氏

【井深大 いぶか・まさる】 1908年生まれ、栃木県出身。33年早稲田大学理工学部卒。戦後間もない46年、盛田昭夫氏と共に東京通信工業(現ソニー)を立ち上げ、グローバル企業に育て上げた日本を代表する経営者。97年死去、享年89歳。

【高橋祥子 たかはし・しょうこ】 1988年生まれ、大阪府出身。2010年京都大学農学部卒業、東京大学大学院農学生命科学研究科博士課程在籍中の13年6月にジーンクエストを起業。唾液に含まれる遺伝子を解析、糖尿病といった生活習慣病などの病気のリスクや体質についての情報を提供する。

<<(上)ソニー井深氏から学ぶ研究とビジネスの共通項

変わる科学教育の必要性

――私の履歴書から
人がやったというニュースだけで日本では同じものがすぐにできるというふしぎな性質がある。これはそれを作るだけの技術力はじゅうぶん持っていながら、これを思い切って企業化しようという勇気にかけていることを証明しているようだ。すべての分野で日本の技術力に自信を持ち思い切った決断を下せるようになったときこそ真の日本の暁は訪れるだろう。
(井深大「私の履歴書」第14回)
ジーンクエスト社長の高橋祥子氏

こんなにも早く技術が変化すると、科学に対して色々な人が議論して、倫理的な基盤が構成されて社会に還元されていくというプロセスが全然追いつきません。一般的に、たとえば受験勉強で理系の分野を学べば、基礎知識が身についたように思うかもしれませんが、そんなことはないと考えています。例えば、遺伝子解析によって情報を提供し、生活習慣病などの病気のリスクや体質改善につなげるジーンクエストのビジネスも、サービスを開始すると突然「そういうのってどうなの?」という議論がでてきます。プラバシーや倫理の問題も含め、ゲノムと遺伝子の違いも分からないまま話をしている現状があります。

現在起きていなくとも、将来技術の発展を予想できるものに対して、「自分はどう思うのか?」と議論できる教育があったらいいなと思います。現在も科学技術は飛躍的に発展していますから、現時点の一点だけを学んでもあまり意味がありません。重要なのは将来的に起こる変化まで流れを捉えて学ぶ姿勢、また将来起こりうる変化に対して柔軟に受け入れ議論できる姿勢です。

井深さんがラジオを作っていた当時は、まだ今ほどの技術がなく、専門家の役割も知識重視であったはずなのに、この時代に既にこんなに先進的な発想をされていたということが非常に面白いです。

井深さんは「日本の教育は知性ばかりで、感性というものを育てようとしない。感性を育てる教育をぜひ進めるべきだ」と考える方でした。この「感性を育てる教育」を私なりに考えてみると「物や技術にどう向き合っていくのか」という問いと同じように感じます。私は「人や生命とは何か」という思いが原動力になって研究に向き合っています。今の事業も同じです。ゲノムや生物の体がどうなっているのかを、事業を通じて知りたいのです。

研究室から飛び出し、人を巻き込む

――私の履歴書から
私が学生時代を通じてほんとうに実のある勉強をしたのは理工学部のときである。当時主任教授であった堤秀夫先生の指導でケルセルの研究をした。この研究は光を音とか、外から加えた電圧の通りに変調する研究だが、この実験でネオン管に高周波の電流を通して周波数を変えてやると、光がはでに伸び縮みすることを偶然の機会に発見した。
(井深大「私の履歴書」第4回)

生命に興味を持ったのは、医者であった父親の影響です。中学と高校のときに医学部に進学するのかしないのか、という二択で迷い、高校生のときに、医学部には進まないという決断をしました。自分の中で、医者は、発症してから治療するという専門職というイメージがありましたが、予防なども含めてより幅広い視点で生命科学に携わりたいと思ったのが理由です。結局、京都大学の農学部に進学し、分子生物学の研究を始めました。

そのときから経済やビジネスよりも生命のほうに興味があったので、実は今も、お金もうけをしたいという発想ではなく、真理を追究したいというモチベーションで取り組んでいます。こんなことを言うと経営者としては怒られてしまうかもしれないのですが。

生物を研究し始めたのは、大学に入ってから。幼い頃から父親がよく私に「他人の評価とかはあまり気にせず、自分の世界を深く持て」と言っていました。それが「何かを突き詰めたい」という思いに繋がったのかもしれません。

今は起業をして会社を経営していますが、もともと私は研究者です。研究者とビジネスはそれぞれが目的とするゴールが異なるので、戸惑うこともあります。例えば、目先の利益を追求するためにやっているわけではないけれど、利益を出していかなければビジネスの世界では生きてはいけない。それでも研究室からビジネスの世界に飛び込もうとしたのは、より多くの人を巻き込みたいと思ったからです。研究とビジネスのシナジーを創りだすことで、人の健康や医療、社会や国が抱えている課題解決の役にも立つはずだと信じています。

技術者から経営者に

私は、大学院の修士と博士の5年間で9本の論文に携わりましたが、これはかなり多い方でした。研究は、自分個人の努力次第で成果が出やすいので分かりやすい。仮説構築、研究デザイン設計、実験、論文として成果を世界へ発信する、という一連の過程があるので、研究をしている間のモチベーションは常に高い状態でした。

でも、ビジネスは個人の努力次第で成果が出るわけではないという点が違うと思っています。様々なことが複雑に絡み合っているので、何が一番で、何を目標にすればよいのかが分かりにくい。研究のように自分の世界で真理を追究して突き進んでいく努力ではなく、流れを読み、他人を巻きこんで仕組みをつくっていく。研究室にいるよりも大変ですが、関係者はとても増えるので、たくさんの人を巻き込むからこそ大きなことができると思っています。

履歴書の中の井深さんは、理工学部でケルセルの研究(光を音とか、外から加えた電圧の通りに偏重する研究)をし、写真化学研究所に入社していますから、最初の段階では完全に技術者寄りだったと思います。しかし、1946年に「東京通信工業」を設立したあたりから、経営者っぽくなっているように感じました。「東京通信工業」の会社創立の目的には、技術のための技術ではなく、人々の生活をより豊かにするための技術こそ価値がある、という思想が貫かれていることからも感じます。

起業当時、私は経営者というより研究者思想でスタートしました。実利社会への応用の直結ではなく、真理を追究することで初めて新しい発見があり、それが結果的に社会にイノベーションをもたらすというプロセスがあってもいいんじゃないかなと思っています。

井深さんが「技術革新」だけではなく、「経営」の必要性に気付いたように、私もどんどんと経営者寄りになっていくのかもしれません。今後も経営を学んでいく必要性を、井深さんから学びました。

(聞き手は雨宮百子)

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