ソニー井深氏から学ぶ研究とビジネスの共通項東大発バイオVB社長、高橋祥子が読む「井深大の履歴書」(上)

1956年から50年以上続く日本経済新聞朝刊文化面のコラム「私の履歴書」は、時代を代表する著名人が1カ月の連載で半生を語る。かつて書かれた「私の履歴書」を若い世代が読んだら、響く言葉はあるのだろうか。5月に設立70周年を迎えたソニーの創業者、井深大さんが1962年に連載した「私の履歴書」を、東京大学発ベンチャーで個人向け遺伝子解析サービスを手がけるジーンクエスト(東京・品川)の高橋祥子社長に読んでもらった。

ソニー創業者の井深大氏

【井深大 いぶか・まさる】 1908年生まれ、栃木県出身。33年早稲田大学理工学部卒。戦後間もない46年、盛田昭夫氏と共に東京通信工業(現ソニー)を立ち上げ、グローバル企業に育て上げた日本を代表する経営者。97年死去、享年89歳。

「私の履歴書」第1回

【高橋祥子 たかはし・しょうこ】 1988年生まれ、大阪府出身。2010年京都大学農学部卒業、東京大学大学院農学生命科学研究科博士課程在籍中の13年6月にジーンクエストを起業。唾液に含まれる遺伝子を解析、糖尿病といった生活習慣病などの病気のリスクや体質についての情報を提供する。

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美術館や博物館が遊園地

――私の履歴書から
東京にいたころ母は毎日曜日のように博覧会や博物館などに私をつれていったが、そのころが私にとっていちばん恵まれていたときである。そのころ幼い頭に植えつけられた科学への芽ばえが、私の一生涯の職業を決める一つのチャンスになったと思っている。(井深大「私の履歴書」第2回)
ジーンクエスト社長の高橋祥子氏

ソニーといえば、ビデオや「ウォークマン」の印象が強いです。日本の大企業という印象です。創業者がいなくなったあとの大企業がどうなっていくのかを今は、興味深く思っています。ソニーの創業者でもある井深さんの履歴書は、技術者や研究者から経営者になったという人が少ない中、共感しやすかったです。

読んでまず共感したのは、井深さんの進路選択に幼い頃の科学への関心が影響を与えていたということです。私は、医者と研究者の家族に囲まれていたので、自然と幼い頃から科学への関心が芽生えていました。病院で働いていた医師の父親をかっこいいなと思い始めたのは、小学校か中学校の頃だったと思います。授業で「仕事について親に聞く」というような課題の中で、父親の仕事について知りました。救急患者の対応などで奔走する父は大変そうでしたが、自分の仕事に誇りを持って取り組んでいるということが伝わっていました。

幼い頃、家族で出かけるとなると、ディズニーランドなどの遊園地ではなく、行き先は美術館や博物館でした。テレビやゲームより、美術や読書が身近な環境の中にあったことは覚えています。

幼い頃に父を亡くした井深さんにとって、おじい様は父親代わりだったんですね。「祖父はおりにふれ、なくなった父がいかに科学的であったかを語ってくれた。私の科学に対する興味はこうした生活環境や父をしのぶ中から芽ばえていったのではなかろうか」と書かれていますが、家庭環境の中で、自然に科学への関心が芽生えていった点は私も全く同じです。幼いときから父の影響を受けた、「理系こそがかっこいい仕事だ」という印象は、京都大学の農学部に入ってからより強くなりました。

研究成果を元に書く論文は、全てが新しい発見に関してのことです。新規性がないと論文にならないので、当たり前なのですが、世界の最先端がここにあるんだということを常に感じていました。今思うと偏見ですが、当時はこうした体験から、理系こそがクリエイティブで最強の仕事だと思っていました。

科学の発展に、人の理解のスピードが追いついていない

――私の履歴書から
日本をほんとうに科学の国にするためには大学の理工科の定員を増やすことばかりではなく子供の時から科学にひたらせることもより大切なことだと信じている。(井深大「私の履歴書」最終回)

井深さんは、学生時代に小さな水力発電所を作った父親の話を身近で聞かされ、機械を自由にいじらせてくれた家庭環境の中で、科学に対する興味が養われたようですね。だからこそ、日本の科学教育にも関心を持ち「小中学校理科教育振興資金の制度」を創設したのだと思います。

私自身、小学校や中学校を振り返ると、その当時は科学の教育に「何か足りない」とは思ってはいませんでした。ですが、例えばゲノムと遺伝子とDNAの違いって、ほとんどの人はうまく説明できないですよね。思い返せば、エンドウ豆や植物については習いましたが、ヒトのゲノムについてはそもそも義務教育で習わないんです。

それ自体が他の国よりも遅れていると思いますが、特に最近の科学はすさまじいスピードで進展していますから、科学に対する教育は時代に適応したものにしていくべきだと思います。なぜなら、生命科学を含めてあらゆる分野でデータが膨大に取得できるようになると、どんどん研究のスピードは加速度的に速くなっていきますから、人が科学を理解するスピードが全然追いついていけなくなってしまいます。

専門家の役割も、時代と共に変化します。知識や経験から学者が仮説を立てて、その仮説を検証をしていくというのが今までのやり方です。それは、データを取得するコストが高く、検証ができないので仮説を立てるしかなかったからです。

今は、様々な分野でデータの取得コストが下がっていますから、データ分析をもとに意思決定をする「データドリブン」が可能になり、従来のような属人的にではなく、統計的な仮説構築ができるようになりました。ですので、個人の知識や経験に基づいて仮説を立てているわけではありません。もちろん、その分野に対する基礎知識や体系的な思考は必要ですが、どのようなデータを活用してそれをどう展開していくかという柔軟な発想が求められていきます。集めたデータで、何が見えるのかと。

このプロセスの変化は研究だけではなく事業も同じなのだと、井深さんの履歴書を読みながら改めて感じました。

(聞き手は雨宮百子)

井深大氏の「私の履歴書」第1回

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