「あっせんなよ!」 苦悩経て頂点に、新日本・内藤
4月10日、新日本プロレスリング両国国技館大会でオカダ・カズチカ選手を下し、内藤哲也(ないとう・てつや)選手がついにIWGPヘビー級王者になりました。この日巻き起こった大・内藤コールはファンの記憶に刻まれる特別なものでした。
「ロス・インゴベルナブレス・デ・ハポン(制御不能なやつら)」というユニットで反則・介入・なんでもありの自由気ままな闘いを繰り広げている内藤選手。昨年半ばのメキシコ遠征で身に付けたスタイルは、帰国当初こそブーイングを受けていたものの序々にファンの心をつかみグッズも売り切れ続出に。今はどこの会場でもユニットのロゴを配した黒いTシャツとキャップ姿の観客であふれています。
今まで何度も両国国技館でプロレスを観戦してきましたが、この日の客席はなにか普段と違う異様なテンションの高さが感じられました。サッカーやほかのスポーツのようにサポーターが試合前から仲間と気分を高めあっている雰囲気に近いといえばよいのでしょうか。
試合後もそうでした。入場口の外で興奮冷めやらぬファンの集団が内藤選手のマイクアピール「ロス・インゴベルナブレ~ス・デ!ハ!ポン!」(ユニット名を叫ぶ)を大合唱する姿がありました。そんな光景はプロレスファンになって一度も見たことがありません。
この半年で一気に加速した「内藤推し」ムードはプロレスファンの間でもいろいろと解釈されています。90年代に一世を風靡したユニット「nWo」との類似説、人気が回復し安定期に入った新日本マットのマンネリ打破への欲求が現代日本の閉塞感と共通するなんとかかんとか……。私はそれらをひっくるめたもっと普遍的で、それでいてごくわかりやすい理由が思い浮かびます。ずばり、「男子のハートに刺さった」。これではないでしょうか。
「中学生に『かっこいい! 自分もああなりたい』と思わせる、ロックスターはそれが重要」。ジャンルは違うものの、あるWEB記事の一文を思い出して腑(ふ)に落ちました。
コラムの第1回「いちばんすげぇのは、プロレスなんだよ!」 で「今の10代、20代の男性がどのようにプロレスに巡り合っているのか、個人的にとても興味がある」と書きましたが、両国国技館で大合唱しているファンはまさにその層の「男子」でした。今の内藤選手は彼らが思わずまねしたくなるような存在になっているのです。
抜群の身体能力と類いまれなるプロレスセンスから「棚橋弘至(たなはしひろし)選手のあとを継ぐ次期エース」と期待されていた内藤選手。その状況を一変させたのは2012年の東京ドーム大会で「レインメーカー」に変貌し海外修行から凱旋帰国したオカダ・カズチカ選手でした。帰国後わずか2カ月、24歳の若さでIWGP王座を奪取したオカダ選手はまたたくまにファンの支持を獲得、新日本が人気をV字回復させる立役者のひとりとなります。
後輩であるオカダ選手に一気に追い抜かれた内藤選手は長く苦しい低迷を強いられました。「これで変わらなければ自分は終わる」。2015年、背水の陣でメキシコ遠征に旅立ちました。失敗の許されない賭け。9年のキャリアで作り上げた「キラキラした正統派ヒーロー」像をすべて捨て、後戻りできない道を歩み始めます。そして賭けの結末は半年後、両国国技館の内藤コール大爆発という形で表れたのです。
内藤選手は中学・高校生のころ、前述したnWo時代の武藤敬司(むとう・けいじ)選手の大ファンだったといいます。リング内外の反体制的な立ち振る舞いに少なからずその影響が現れているのかもしれません。でもそれは表面的なものの模倣ではないと思います。
プロレス少年だった自分自身が「乗れる」レスラー像を表現できているからこそ、今の「男子」たちの熱狂があるのではないでしょうか。両国では長年追い求め続けてきたはずのIWGPのベルトを放り投げるという「名シーン」が生まれました。もしあの会場にかつての内藤少年がいたとしたら、リング上のレスラー・内藤に「カッコいい!」としびれていたはずです。
今回のイラストはそんな内藤選手の現在のフィニッシュ技「デスティーノ」を描かせていただきました。相手の右腕で逆上がりした反動を利用しDDTを決める一撃必殺、超高難度の技です。
最後は今の内藤選手を象徴するこのキラーワードで締めるしかないでしょう。
「トランキーロ、あっせんなよ!(焦るなよ!)」
(この連載は随時掲載します)
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