メダリストだろうと「タダでは帰しませんよ」鈴木大地スポーツ庁長官(編集長インタビュー)

インタビューに答える鈴木大地スポーツ庁長官
インタビューに答える鈴木大地スポーツ庁長官

2020年のオリンピック・パラリンピック東京大会は高度経済成長下にあった1964年の前回大会と異なり、高齢化や産業の空洞化など様々な課題と向き合うスポーツイベントとなる。鈴木大地スポーツ庁長官(49)は昨秋に初代長官に就任。インタビューに答え「健康産業や観光産業との密接な連携が少子高齢化対策や観光立国など、次世代につながる新たなレガシー(遺産)を築く」として、成熟社会の日本が開催する2020年大会の意義について強調した。

週1以上のスポーツを65%で実施を

――1964年の東京大会は首都高速や新幹線などハードのインフラを残しましたが、今回の大会ではどのようなインフラや知見を生み出すのでしょうか。

「今回も羽田や成田空港と都心を結ぶ鉄道延伸やバス高速輸送システム(BRT)などが計画されているが、私はソフト面でのレガシーを構築できればいいと思っています。具体的には世界に先駆けた少子高齢社会の諸問題を運動やスポーツの力で乗り切ることができるのではないか。オリパラを機にスポーツマインドあふれる国民が健康に対しても高い意識を持ち、元気で生活できる健康寿命を延ばすのが理想です」

――それは大会までの目標でしょうか、それとも大会後の理想でしょうか。

「両方でしょう。スポーツの世界最高峰の競技に触れて、『自分も運動してみたい』とそれぞれの世代が思うようなイベントになればいい。我々は成人の週1回以上のスポーツ実施率が現行の約40%から65%以上になることを目標としている。しかし、スポーツ庁の職員がそれだけやっているか疑問です。我々がやっていないことを国民に求めるのではなく、企業や他の行政機関とともに長時間労働や休日勤務の削減といったワークライフバランス(仕事と生活の調和)を進めなければなりません」

「旧市街の再開発など様々なレガシーをつくったロンドン大会では、スポーツ実施率はあまり上がらなかった。基本的なデータをきちんととれていなかったようです。東京大会は先進国でスポーツをする人が増える初の大会になると思う。メダル獲得数も大切だが、スポーツ庁は競技力向上のためだけの組織ではないので、アスリートではない99%以上の国民に響く施策を打ち出していく必要があります」

スポーツ産業活性化へ異業種参入促す

――具体的には企業との連携が必要になります。

「国の施策なので、特定の企業をサポートすることは難しい。このためシステムづくりを進めることになります。企業の中でも『健康経営』という考え方が浸透しつつあるが、こうした企業にインセンティブを与える自治体などの事例を集めて奨励したい」

――スポーツ産業の市場規模を現行の5兆円から、25年までに15兆円にするという国の目標があります。

スポーツ産業の市場規模を現行の5兆円から15兆円にする目標を掲げる

「市場拡大にはスタジアム建設やテレビの放映権などの象徴的な事例もあるが、スポーツ以外の健康や美容、ファッションやエンターテインメントなどの企業とスポーツが連携していくことが必要です。そうした産業があって、スポーツ産業が支えるという構図になりつつある。米シリコンバレーに視察に行ったときも、グーグルやアップルが健康関連の事業に力を入れていました。いろいろな分野の産業が参入することが必要です。健康や美容は太古からの関心事で、スポーツ庁がこの環境づくりを進めていきたい」

パラリンピックで福祉関連技術の進歩めざせ

――一方でパラリンピックでは、高齢社会でお年寄りのハンディをカバーする技術の開発や企業の育成につながるという側面があります。

「当初、その効果について聞いたときはっとした。障害者スポーツの振興だけでなく、超高齢社会への対応の準備なんだと思いました。1964年大会の時にはこうした発想はなかった。先進国の仲間入りを果たして、より高いレベルの取り組みを促進していく必要があります」

「最近は町中のちょっとした高低差でもすぐにエレベーターやエスカレーターが完備される。バリアフリーの観点からは必要なことだと思いますが、健康な人が使う必要がどこまであるのかとも思う。度が過ぎると、体を動かす環境をある意味で奪っているところもあるのではないでしょうか。何でも便利になる社会と体力維持とのバランスに小石を投げたいと思う。今後到来する高齢社会の中では、健康寿命を限りなく実際の寿命に近づけることが課題となる。筋肉が衰えて高齢になって転倒すると、寝たきりのリスクも高まり、社会復帰も難しくなります」

――スポーツ庁は文部科学省の外局だが、話を聞いていると厚生労働省に近い活動も多いようですね。

「もちろん文科省の役割もあるが、厚労省だけでなく経済産業や農林水産、外務の各省や民間企業からも職員を派遣してもらっている。組織横断的な役割のコントロールが長官の務めでもある。大学で健康とスポーツとの関係性などの研究もしていたので、多少役立っているかもしれません」

「課題が大きいだけにハードルもたくさん出てくるが、それをあまりハードルと思わないようにしています。競泳選手にとって、壁はターンするもので、乗り越えていけると思っています」

■選手も含め滞在型の新しいスポーツ観戦イベントに

――インバウンド(訪日外国人)需要も重要です。

「スポーツ庁と観光庁、文化庁の3庁が連携して『スポーツ文化ツーリズム百選(仮称)』を進めています。最近は中国などからの観光客の『爆買い』の経済効果が指摘されているが、これにスポーツをくっつける。訪日外国人が買い物をして、その足で郊外に出かけてスポーツを楽しんでもらう。2000大会あるといわれているマラソンもそうだが、季節によっては海での遠泳や川のラフティング、ゴルフ、山登りなどの魅力をアピールしてもらいたい」

パラリンピックの新たな名称も考える

「大都市圏だけで消費が終わってしまっては文化にならない。私は2020年のオリパラで『オリンピアン、パラリンピアンをただで帰さない作戦』を提案している。古刹など競技場以外のところを見て、もっと日本を知ってもらい、ファンになって帰ってもらいたい。競技前はピリピリしているので、競技終了後に安らかな気持ちで観光してもらえればいいですね」

――19年にはラグビーワールドカップ(W杯)も日本で開催されます。

「21年には関西でワールドマスターズゲームズが開かれます。原則30歳以上のスポーツ愛好家の祭典だ。今後はアジア大会、冬季五輪の誘致をという声も出始めています。東京一極集中ではなく、地方にも恩恵が行くように目を配らなければならないでしょう」

――リオ大会についてはどんな関心を持っていますか。

「日本人選手の成績もさることながら、大会全般の運営についても注目したい。ホスト国としてどのように運営するのか。とりわけパラリンピックについては見たことはなかった。パラリンピックを成功させることが東京大会の成功になると多くの関係者に言われています」

「非常に競技性が高いので、パラのアスリートに『障害者スポーツと呼ばれたくないでしょう』と名称を考えるように呼びかけたことがあります。『皆さんが何と呼ばれたいか考えてください』と。『五輪』と同じように日本語としてピンと来る言葉を選んでもらいたい。それもレガシーとなると思っています」

すずき・だいち 1967年千葉県生まれ。1988年のソウル五輪競泳男子100メートル背泳ぎで金メダルを獲得。スタートから潜水で抵抗を弱める「バサロ泳法」を得意として、当時の流行語にもなった。93年、順天堂大院修了。2013年、順天堂大教授や日本水泳連盟会長。15年10月から現職。

スポーツ産業育成で成熟社会の課題に対応(編集長から)

鈴木大地長官は登庁時、長官室がある13階まで階段を使って上る。「週1スポーツを65%に」という政府の目標に「スポーツ庁の職員がやっていないことが国民に浸透するわけがない」との意識からだ。その姿勢からは国家の威信をかけた1964年の「東京五輪」から、健康についての国民の関心も重要な目的となった2020年の「オリパラ東京大会」への変化が読み取れる。

トップアスリートの活躍が、一瞬にして脚光を浴びることになるのは昨年のラグビーワールドカップ(W杯)での日本代表の大番狂わせが示す通りだ。一方で、かつてのソ連や東欧諸国のように国家プロジェクトとして選手を育成する時代はとうに過ぎ去り、商業イベントとして成立しなければスポーツマネーを呼び込めない。鈴木長官がスポーツ産業を主従の従に位置づけ、健康、美容やファッションなどの産業の参入を訴えているのもこうした状況が背景にある。

異業種参入によって市場規模が拡大すれば、スポンサー料やイベント収入増につながり、選手強化費の増加も期待できる。メダル獲得が増えれば、新たなスポンサーを呼び込むこともできる。義足などパラリンピックの最先端の技術が、高齢者の福祉機器の開発につながるとするなら、スポーツ庁の取り組みは高齢化が進む日本の将来の行方とも重なる。

「国民全員がスポーツと親しみ、文化的で健全な生活を営む。これが2020年のレガシーになる」。鈴木長官は断言する。東京大会はそのレガシー実現への取り組みの第一歩にすぎない。

(オリパラ編集長 和佐徹哉)