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それでも親子

ソファで酒、寝る 父と同じ タレント、いとうあさこさん

2016/4/27 日本経済新聞 夕刊

1970年東京生まれ。97年にお笑いコンビ「ネギねこ調査隊」を結成。2003年にコンビを解散し、ピンに。5月11日からの劇団山田ジャパン公演「ソリティアが無くなったらこの世は終わり」に出演。

 著名人が両親から学んだことや思い出などを語る「それでも親子」。今回はタレントのいとうあさこさんだ。

 ――お父さんは元都市銀行の役員。両親には厳しく育てられましたか。

 「そうでもないですよ。小学生のころ、当時、大変な人気だった『8時だョ!全員集合』を何回か見に行ってるんですが、親が進んで申し込みはがきを出していました。何をやっても法に触れなきゃいいという感じでしたね。ただ将来のこととなるといろいろ、言われましたけれど」

 ――19歳の時に家出をしたんですね。

 「親子げんかをしたわけではないんですが、大人の敷いたレールには乗りたくないと。亡くなったロック歌手の尾崎豊さんの世界ですね。大学受験のために浪人してたんですけど、本当は宇宙物理学をやりたかったのに、親に言われるままに文科系を受けるのが嫌になって。図書館へ行ってきますといって、そのまま家には帰りませんでした」

 「前もって借りていたアパートに転がり込んだのですが、どこで聞きつけたのか、3日後には見つかってしまいました。ある日、家に帰るとアパートの前に車が止まっていて、母がいたんですね。目を合わせましたが、お互いしゃべりませんでした。連れ戻されることはなく、しばらくアルバイトをしながら一人暮らしをしました」

 ――芸能界になぜ入った?

 「舞台役者を目指して専門学校に入り、同じクラスの子と2人芝居を始めました。コメディーをやってみたいと思い、27歳のときにお笑いライブのオーディションを受けました。まだ女芸人が少ないころで、いろいろなところから声をかけられました」

 ――芸能界での活躍ぶりを両親はどう見ていますか。

 「番組で私がニップレスを付け、パンツ一丁になっているのを見て、母がゲラゲラ笑っているんですよ。かと思うと父は父で、私が出演した冒険バラエティー番組を見て『どうせヤラセなんだろう』と言っている。喜んでいるようですね。ただ、こんな人間が身内から出るとは思ってもみなかったでしょうが」

 「この間、番組で中学校での自分の映像を見たんですが、今とあまり変わってない。外面のいい子だったんです。お笑いの世界に入ったことを同級生はびっくりしてない」

 ――親子だなと感じるのはどんなことですか。

 「酒の飲み方でしょうか。私は神が許す限り飲むことにしていますが、父も79歳になったいまでも、すごく飲む。ソファでくつろぎながらコップに日本酒と氷を入れてぐいぐい飲み、そのまま寝てしまうんですね。気がつくと私もまったく同じことをしてる」

 「時折、電話で話すんですが、必ず最後に私に『健康に気をつけて』と言う。それはこっちのセリフでしょ。父には、おいしい酒をいつまでも飲めるよう、元気でいてほしいですね」

[日本経済新聞夕刊2016年4月26日付]

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