働く妻支え育休…退職、僕が専業主夫になった理由Wの未来 俺に任せろ

夫婦共働きが珍しくなくなり、今や妻が一家の大黒柱にもなる時代。働く妻を支えるため、妻の海外勤務に付きそったり、転職したり。「内助の功」の男たちが増えている。

「夫婦のどちらかが仕事をやめなければいけなくなったとき、必ず妻の方がやめる理由はないでしょう」

専業主夫歴7年の堀込泰三(37)は東京・文京の自宅マンション台所で慣れた手つきで果物を切りながらあっけらかんと話す。

子育て主夫ネットワーク「レノンパパ」が主催したイベント(6月、東京都練馬区)

子供が動き回れるようにと家具を極力廃した1階の板の間では、長男(7)と次男(3)が期待通りドタドタと音を立てて走り回り、父親の足にかじりつく。

始まりは大手自動車会社でエンジン開発を担当していた2007年、長男が生まれたことをきっかけに取得した2年間の育児休業だった。

高校の同級生だった妻の実苗(37)は当時、大学院の博士課程を修了し、東京大学で特任助教を務めていた遺伝学の若手研究者。任期付きの仕事のため育児休業が取れないことが判明し、話し合いの結果、泰三が育休を取ることに。「取れる方が取る。自分たちには当然の結論だった」

上司は猛反対。「キャリアをどう考えているんだ」「同期においていかれるぞ」――。意地悪ではなく、真剣に部下の将来を心配してくれてのことだったという。

反対を押し切り、07年5月、産後休暇が明ける実苗と入れ替わるようにして主夫生活がスタート。翌08年4月には、実苗のスタンフォード大への研究留学が決まり、家族3人で米西海岸に移り住んだ。予定では1年間、ちょうど育休が終了するまでの間になるはずだった。

しかし、帰国を前にして実苗に日本学術振興会の「海外特別研究員」の採用通知が来る。研究が認められたことを示す名誉ある助成金で、断る手はない。米国滞在期間が2年間延びたが、育休が切れた泰三は言葉を覚え始めた長男と泣く泣く別れ、1人で帰国した。

退職を決意したのは4カ月後。「育休を取った後にやめれば悪い前例を残してしまう」という葛藤はあったが、生まれてから2年間、毎日ずっと向き合ってきた長男が日に日に成長する姿をスカイプで見ていて、離れていることに堪えられなくなった。

「家族一緒にいたい」。そう考えて泰三が退職することになった堀込家だが、実苗が退職する選択肢はなかったのか。「ものづくりの仕事は好きだったが、妻の方が仕事により強い思いを持っている」というのが泰三の答えだ。実苗は「自分には仕事を辞める選択はなかった。彼が夫でなければ、母親にはなれなかっただろう」と感謝を示す。