屋台に神社仏閣、山小屋――。これまで現金払いが当たり前だった場所にも、キャッシュレス決済の動きが広がっている。背景にあるのは低コストで導入できる決済サービスの新顔が相次いで登場していること。政府は今後10年間でキャッシュレス決済比率を倍増させる目標を掲げる。訪日外国人客の増加も相まって、加速度的に広がっていきそうだ。
「これから4軒はしごする予定。手持ちの現金が足りなくなるかもしれないので、他に使える屋台があると便利」。福岡市の夜を彩る屋台巡りが目的で観光に来た兵庫県伊丹市の池永誠也さん(21)は、福岡市天神の屋台「那須乃大八」でクレジットカード払いができると知って驚いた。
屋台も「楽天ペイ」導入
同店は昨年、楽天の決済サービス「楽天ペイ」を導入した。屋台の営業時刻は夕方から深夜まで。昼間の出費で手持ちが少ないまま訪れる観光客も少なくない。店主の阿高正美さん(61)は「会計のときに近所のATMまでお金を引き出しに行くお客も多い。少しでも手間を省けるなら」と理由を説明する。
八方尾根の標高1850メートル地点にある山小屋の八方池山荘(長野県白馬村)。7月に家族で山荘を利用した神奈川県在住の40代の男性は「5人分の宿泊費が必要だったのでカードで払えて助かった」と話す。
同山荘は1月、八十二ディーシーカード(長野市)、三菱UFJニコスのシステムを使いタブレット(多機能端末)で決済できるようにした。悪天候で急に宿泊する登山客にとって、カード払いができるのは心強い。
4月に米スクエアのクレジットカード決済システムを導入した金剛峯寺(和歌山県高野町)では、一部の施設で拝観料やお守りなどをクレジットカード払いができる。
拝観料やお守りなどもカード払い
お寺巡りが趣味で御朱印集めに参拝した神戸市在住の会社員、沢見美恵子さん(46)は「1万円札しかない時に少額の支払いをすると、おつりを受け取るのが心苦しい。知っていたらクレジットカードを使った」。金剛峯寺は今後、灯籠など比較的高額な決済もカード払いができるようにする予定だ。
スマートフォン(スマホ)やタブレットのアプリを使ったキャッシュレス決済が意外な場所にも広がっている。一役買っているのは楽天、スクエア、コイニー(東京・渋谷)などの新規参入組だ。
店側は通信環境さえあれば、小型のカードリーダーを用意するだけで決済できる。各社とも利用条件に応じてカードリーダーを「実質ゼロ円」とするケースも多い。
専用回線・端末が必要で初期投資が10万円程度かかるとされる大手カード会社に加盟するのに比べ、キャッシュレス化のハードルはぐっと下がった。実際、那須乃大八の場合、カード決済をするのは数日に1組程度にすぎないが導入に踏み切った。ランニングコストも低いからだ。
都内で屋形船を運航するあみ貞(東京・江戸川)は決済システムを6月、大手カード会社から楽天ペイに切り替えた。
代表取締役の小島貞明さん(61)は「手数料が安かったのは決め手」と話す。同社の場合、決済の手数料は大手が4~6%だったのに対し、楽天ペイでは3%程度で済むという。

小銭を気にすることなく手軽に支払えたり、多額の現金を持ち歩かなくてもよかったりと消費者にとってもクレジットカードで決済できるメリットは大きい。
27年までにキャッシュレス比率倍増
利便性向上と消費喚起のため政府もキャッシュレス決済の普及に力を入れている。2027年までに決済比率を4割にする目標だ。国内のキャッシュレス決済比率は現在約2割なので、10年で倍増させる計画だ。
最近ではスマホのアプリでカード情報を登録しておけば、店頭でQRコードを読み取るだけで決済できるサービスも広がりつつある。財布は持たなくてもスマホさえあれば買い物や飲食ができる時代が始まっている。
(藤井良憲、佐藤洋輔)
[日本経済新聞夕刊2017年8月5日付]