九州に多い「カッパ伝説」 治水の歴史の深み映す「工事に使役」でイメージ強化

2014/12/13

日本の歩き方

泳ぎが得意な伝説上の水の妖怪、カッパをテーマにした地域おこし運動が九州では目に付く。九州はカッパの伝説が多く残る、国内有数の「カッパ文化地域」らしい。なぜカッパ伝説が色濃いのか。理由を探ると、水との関わりの深さなど、地域の歴史的背景が影響しているらしいことがみえてきた。

国際日本文化研究センター(京都市)の「怪異・妖怪伝承データベース」による、民俗学の文献でカッパに言及している事例の数をみると、全1048件のうち九州・沖縄地域は337件。ブロック別で最多だ。福岡市博物館の松村利規主任学芸主事いわく「九州には特にカッパが多い」。まさに「九州はカッパ王国」(九州観光推進機構)であるともいえる。

単線の線路をディーゼル車が走る。ひなびた風情も漂うJR久大本線・田主丸駅(福岡県久留米市)の特徴は、横たわるカッパを模した駅舎だ。筑後川流域の街並みを歩くと、橋の欄干や商店街の片隅でカッパのレリーフや立像に行き当たる。

「9000匹のカッパの頭『九千坊』が手下を連れて中国から熊本県の八代地方に渡ってきたという伝説があります」。「カッパ伝説の町」として地域おこしを進める団体「九千坊本山田主丸河童族」の菰田馨蔵事務局長はこう話す。このカッパが戦国~江戸期の領主・加藤清正の怒りを買い、熊本を追放されて田主丸に住みついたのが、当地の伝説の由来という。1950年代には北九州出身の作家・火野葦平がカッパ伝説に着目。カッパがテーマの地域づくりを助言したことが現在の活動につながった。

「本家」の八代市では球磨川のほとりに「カッパ渡来の碑」が立ち、巨大なカッパ像も鎮座していた。地域おこしや河川の環境保護に取り組む団体「河童共和国」の田辺達也代表は「文化渡来のロマンが伝説の核にある」と見立てる。「古くから港として栄えた歴史が伝説を生んだ」(八代市文化まちづくり課)側面はあるだろう。

球磨川近くの巨大カッパ像は「渡来伝説」を象徴(熊本県八代市)

カッパ文化は2地域以外の九州一円にも広がる。カッパがテーマの地域おこし団体が7県全県にあるのもその表れだ。福岡市博物館の松村主事は「20~30年ほど前にはどこの集落にも『カッパと相撲をとった』老人がいた」と明かす。

九州にカッパが根付き、「九千坊伝説」をも生み出した背景には何があるのか。

民俗学の専門家によればカッパの起源は水神信仰にある。人知を超えた現象を昔の人は「妖怪の仕業」と解釈した。「妖怪の本質は音。水音などから想像力を膨らませ、カッパのイメージができた」と熊本大学の鈴木寛之准教授は指摘する。

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